双頭の鷲(佐藤賢一著 新潮社 1999年) レビュー
昔から歴史モノに目がありません。
ここしばらく、これは、という歴史小説に出会えていなかったのですが、「双頭の鷲」佐藤賢一著 を読了し、感銘を受けたので手短かにレビュー。
あらすじ
舞台は1357年〜1380年頃にかけての中世フランス。
後にフランス大元帥まで上りつめるベルトラン・デュ・ゲクランを主人公に、「戦の大天才」である彼の戦争を中心としつつ、シャルル5世をはじめとする仲間たち、黒太子エドワードやジャン・ドゥ・グライーといったライバルたちとの人間関係を重厚な筆致で描く、一大歴史絵巻。
読後感・レビュー
読者は、狂言回し役を与えられた僧侶のエマヌエル・デュ・ゲクランに感情移入しながら読み進めることになる。
エマヌエルは主人公のいとこで、最古参の友人でもある。エマヌエルは、いとこでかつ古くからの友人として、勝手な振る舞いしかできないベルトランの後見人を自認している。
エマヌエルは、不世出・唯一無二の天才軍事家である主人公に付き従いながら、ベルトランの天才ゆえの奔放さに振り回され、イラ立ちを感じつつやがて袂を分かつ。
エマヌエルに去られたベルトランは、フランス大元帥・軍神などと大衆に祭りあげられた挙句、政治的な感覚の欠如から、最大の理解者でもあったシャルル5世との関係が悪化し、孤立する。
旧友ベルトランの窮地を救うべく動くエマヌエルだったが…
盛者必衰の理は、洋の東西を問わない。
主人公であるベルトランのハッピーエンドの死をもって本作品が終了するわけでないことは、本書を読み進める中で、読者が中世フランスの歴史に疎くともだいたい想像がつく。
エピローグ、若かりし日の「黒犬隊」の最期の生き残りとなったエマヌエルがベルトランの副心だったモーニと再会するシーンは寂寥感たっぷり。
ベルトランとシャルル5世の偉大なフランスというひとつの時代が過ぎ去った虚しさ。
ベルトランとシャルル5世という栄華を極めた男たちの心にある深い孤独と虚無感。
シャルル5世の改革はその死によって旧弊な貴族たちの手により揺り戻されることになるが、それでも歴史の歯車は廻り続けることを暗示するラスト。
ドンパチやって騒ぐだけの歴史エンタメ小説を探しているなら、他をあたったほうがいい。
実際の歴史背景をバックに、人間の精神構造への深い洞察をミックスさせた、骨太の群像劇である。