文字づくりは大変である

 今回は人工文字のユステュン文字をつくる道筋をまとめました。

ユステュン文字概要

 ユステュン文字(üstün kitat)は人工言語セケシ語の表記に使われる表音文字です。母音字11字、子音字18字の計29文字で構成されます。左から右へ横書きにします。

 ユステュン文字は単語単位で続け書きを行います。
 続け書きを容易にするために、ユステュン文字には位置によって形が変わるシステムがあります。単独で書くときの単独形、語のはじめに来るときの語頭形、語の途中に来るときの語中形、語の最後に来るときの語末形です。

歴代のユステュン文字をみていこう

 もっとも最初の案は、子音字をメインとして母音文字をその下において続け書きするものです。アブギダに見えますがアルファベットです。

ユステュン文字のバージョンベータ1。

 しかし、この文字は上下の振れが大きくて書きづらいうえに不恰好であるため、ボツになりました。

 ボツにしてからジョージア文字やアルメニア文字、アラビア文字、デーヴァナーガリーをざっと見て、文字づくりの参考としました。
 そうしてできたのがバージョンベータ2(バージョン名は仮のもの)です。ここでヤ行を母音字として別につくることになりました。

ユステュン文字のバージョンベータ2。x や N は複数の候補があった。

 この時点ではアルメニア文字とジョージア文字の影響がそれなりに残っています。
 ベータ2は半日未満で廃棄され、これを参考としたバージョンベータ3ができました。

ユステュン文字バージョンベータ3。下では ①続け書きするか否か ②母音字を下に置くか否か で4通りの試し書きを行っている。

 ベータ3は続け書きかバラバラか、あるいは母音字を下に付すか否かで分けて試し書きしました。
 もっとも見た目がよかったのはバラバラ版でしたが、繫げて書く流麗な文字に憧れがあったので、続け書きすると不格好になるベータ3は廃棄されました。母音字を下に付すと非常に書きづらいので、この書き方も廃棄されました。
 また、ベータ3には a と ya を並べると yaa なのか aya なのか区別がつかなくなるという致命的な欠点がありました。この欠点はしばらく残ることになります。
 
(ちなみに、ここまでのユステュン文字にはセケシ語にある音素のうちいくつかが欠けています。愚かにも当時の私は気づいていませんが……)

 続いてバージョンベータ4ができました。続け書きすることが確定したので、アラビア文字のごとく語頭形と語中形、語末形を作りました。ここでセケシ語にある音素を表す文字がすべて揃いました。

ユステュン文字バージョンベータ4。右側は試し書き。「后」は「後」の略字。

 しかし見ればわかる通り、ベータ4は t, d, N, k, g などがたいへん書きづらく実用に堪えませんでした。

 私が苦しんだのは実用性と綺麗さのバランスです。実用を志せば文字の形は制約を受ける。美しさを求めて様々な飾りをつけると実用的でなくなってしまう。だが美しい文字は作りたい。
 ユステュン文字づくりにはこういった葛藤がつきまとってきました。

ユステュン文字バージョンベータ5。特に明記する必要のある最低限の文字のみが載っている。
有声音字は対応する無声音字の字に横線を加えて作る。また、b の左にあるのは w, その左にあるのは h。

バージョンベータ5はさらなる実用性を求めたものではありません。ここで a と ya を並べると aya か yaa かわからなくなる問題にようやく気付きます。

 ここから表に文字を書き入れる形になり、バージョン名が明記されます。

ユステュン文字 ver1.0

 ver1.0 が完成しました。続け書きを基本とはしますが、一部の文字は途中で切って書く方式が採用されました(アラビア文字にならったもの)。流麗さを演出するため、s や a などに跳ねができました。
 a と ya の区別は長さで区別することになりましたが、今度は u と yu が区別不能になる問題が発生しました。

 実際に書いてみると t と d, m, h がやたら大きく書きづらいことに気付きましたが、この時点では改善するつもりはありませんでした。

 上の課題を解決したver1.1 は以下の通りです。字の区別を棒や丸の数ではなく点に頼ることになりました。書きづらい文字の改変がメインです(t と d はそのまま)。

ユステュン文字 ver1.1。ngh はのちに字形を変更した。

 ver1.1 は点や棒が多すぎるという問題がありました。点や棒が多いと見た目は美しくなりますが、書くのが面倒になります。
 そもそも楽に書くため続け書きするのにもかかわらず、点と棒をあとでちまちま加えるとなると本末転倒な気がします。次の ver1.2 ではその問題点を解決することにしました。

ユステュン文字 ver1.2。

 ver1.2 まで来るとかなり現在のものに近くなります。何度も試し書きを繰り返して書きやすい形を摑んでいきました。
 現在との違いは zvh, ngh, r の形くらいです。また、数字と一部の記号ができました。
 
 ver1.2 からは微調整です。概ね満足な形はできたのであとは気に入らないところを少し改変するくらいにとどめました。これ以上文字を大きく変えても、いい文字はできないだろうという直感があったのです。

 こうしてできたのが現在採用されている、ver1.3 です。バージョン1.3 のサンプルは note にあがっています。r の語中形の2つ目の丸が消えるなどの変化がほどこされています。

ユステュン文字 ver1.3。

 とはいえ完全にver1.3 で定まったわけではありません。表と違って、現在、d の点は語末形を除いて基本線の下におくようにしています。

試行錯誤は文字づくりにつきもの

 いずれにしても、文字づくりは試行錯誤の連続です。
 実際に書かなければ実用に堪えるかどうか、見栄えがいいか悪いかなどを把握するのはとても困難です。そしてこの「書く」という作業が時間をとります。
 さらに、試行錯誤したからといってよい文字ができるとは限りません。

 ユステュン文字でもそれは同じです。コピー用紙やノートに殴り書きをして綺麗かどうか、書きやすいかどうかを確かめる必要があります。

 以下にユステュン文字の試行錯誤をまとめました。一応バージョン番号はつけましたが、もしかしたら違うかもしれません。

さいごに

 人工文字づくりは大変な作業ですが、できた暁には非常な達成感があります。一生に一度くらいは、文字を作ってみることをおすすめします。