ウェブ上おける典型的な権利侵害について
発信者情報開示請求を行うにあたり,投稿によって「権利を侵害されていることが明白であること」(いわゆる権利侵害の明白性)が要件とされているところ,権利侵害として主張する典型例は名誉毀損やプライバシー侵害かと思われます。ここでは,名誉毀損が成立しうる前提となる,社会的評価の低下の判断について少し触れたいと思います。
1 名誉毀損の構成がよい理由
その前に,グーグルマップの口コミを削除したい,発信者を特定したいという場合,口コミの内容が,営業妨害,業務妨害及び信用毀損ではないか,といった主張もよく寄せられます。しかし結論から言えば,発信者の情報開示を行うにあたり,あえてこれらの構成を取らず,名誉毀損の主張で十分かと思われます。理由は以下のとおりです。
まず営業妨害や業務妨害を主張する場合,口コミによって「業務が妨害された」ことを説明する必要があります。口コミによって顧客が減ったといった事情が明らかであれば別かもしれませんが,実はこのような立証は大変難しいものです。
刑法上の信用毀損罪(刑法233条)の場合は,虚偽の風説を流布して人の信用を毀損したことが構成要件となりますので,端的に言えば,口コミの内容が真実と異なると言えればよいかと思われますが,信用毀損罪の保護法益は経済的信用とされています。一方で,名誉毀損の保護法益は広く一般的な名誉とされているため,成立の幅は信用毀損罪の場合よりも広いです。
このような理由から,名誉毀損が成立しうる場合は,あえて営業妨害や信用毀損を主張する必要はないことになります。
2 名誉毀損が成立する典型例
松尾剛行・山田悠一郎著「最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務【第2版】(勁草書房)」では,「社会的評価を低下させたとの認定が比較的容易な場合」として,犯罪,反社会的勢力との関係,不倫,セクシャルハラスメント,情報漏洩,職業人としての信頼を根本的に揺るがす事項(目次),が挙げられています。
また,弁護士渡辺泰央著「削除・開示請求法的対策マニュアル(中央経済社)」では,社会的評価を低下させる表現として,以下の具体例を挙げています。
3 名誉感情侵害が成立する典型例
名誉毀損が成立しなくても,個人に対して,「バカ」,「アホ」,「キチガイ」といった言葉を投げかけることによる名誉感情侵害が成立する,といった主張も可能です。ただし,名誉感情は,個人の感じ方によるところが大きいため,保護される場合は限定されます。
具体的には,「社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合」に名誉感情侵害が成立するとされます。もう少し言うと,「誰であっても名誉感情を害されることになるような,看過し難い,明確かつ程度の著しい侵害」といった場合です。単に,自分にとって嫌なことを言われた,マイナスのことを言われた,といったレベルでは当然ながら名誉感情侵害の成立は難しく,客観的に見ても,名誉感情侵害の成立は明らかであろうとする場合にのみ認められます。
名誉感情侵害でも,発信者情報開示請求における「権利侵害の明白性」要件を満たすため,名誉感情侵害の構成で主張する事も考えられるところです。ただ,名誉毀損に比べて慰謝料額も低い傾向にあり,名誉感情侵害の主張一本で損害賠償請求まで行うとなると,費用対効果の問題は出てくるでしょう。