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ブラームス弦楽六重奏1番コンサート

「夜先生、今夜コンサートでも聴きに行くの?」

朝出勤したら、同僚に声を掛けられた。
私がいつもと違ってキレイめの格好をしていたからだ。

そのとおり。
今夜は師匠のチェロ仲間Mさん主催の室内楽を聴きに行くのだ。

しかも、曲目が私が夏の定期演奏会で弾くブラームス弦楽六重奏1番。
コレは勉強させてもらわねばならない。

朝から「本日私は定時で帰らせていただきます。」と言って回った。

★★★★

退勤時間になった。
今から職場を出れば、どこかで夕飯を食べてからコンサートへ行ける♪

「あ!夜先生いた。良かった。急患です。」
同僚がわざわざ私を探しに来た。
私はため息まじりに言った。
「私は今日はもう帰るの。」
「部長命令です。」
「え〜…。」
「初期対応さえしてくれれば、あとはコッチでやるから。お願い!」
「…。」

いっつもこのパターンだ。
おかげで、夕飯抜きになった。

★★★★

開演10分前に到着。
こんなギリギリでなければ、ロビーのポスターを見たり、プログラムに挟まっているチラシをゆっくり見たりしながら開演を待ちたいんだけどなー。
最初から聴けるだけマシか。

前から4番目の席は、演者の手元まで見える。
テクニックを学ばせてもらうには良い席だった。

本日のコンサートは室内楽。
1曲目はシューベルトの「死と乙女」。
弦楽四重奏。
2曲目は現代音楽。
ヴァイオリン、オーボエ、コントラバス、チェロの組み合わせが面白かった。

★★★★

幕間。
のどが渇いたのでお茶を飲もうとロビーへ行った。

ロビーで話し込んでいる二人組を見かけた。
「あ。」
「あ。」
ウチのチェロ首席とチェロのパートリーダーだった。

「やっぱり夜さんも勉強しに来てたんだ。さすが。」と、パートリーダーKさん。
「Mさんがどんなふうに弦六弾くのか見たくて。」
「そうだよね。」

「夜さん。引き続きトップよろしくね。」
と首席のMさん。
私は小さくため息をついた。
「大丈夫、大丈夫!堂々とやっていいよ。」
とMさんが笑う。
はぁ…。

そこへ、
「あら、お揃いで。」と声をかけてきたのは、楽団のトレーナー、ヴィオラ奏者のU先生。
先日指揮をしていただいた。
U先生は今日のコンサートの主催者Mさんの同僚である。

「U先生。てっきり今日の室内楽に出演するのかと思っていました。」
Mさんが言うことに、私も頷いた。
U先生、難しい顔をした。
「こういう企画の演奏者集めって、案外難しいものなのよ。人間関係がね。
私は割と誰とでも大丈夫なんだけど、いろんな人がいるから。」
とおっしゃる。
どこの業界でも人間関係の問題は壁なんだなぁ…。
私の仕事だって、チーム分けが悩ましいもの。

Mさんが私に言う。
「ロビコン(ロビーコンサート)のパートなんだけど。夜さんに1st任せる。」
ええ!?
「私、伴奏でお願いしますって言いましたよね?」
「3rd、4thは埋まりました。2ndはNさんにお願いします。夜さんが1st弾かないで誰が弾くの。」
「…。」

「で、どのタイミングでやるんですか、ロビコン。」
Mさん、ニヤリとして
「定演の開演前って、マエストロがステージトークするでしょう。その時ロビーでやる。
ゲリラロビコン。」

ゲリラロビコン!

Kさんが付け加える。
「実は代表にもロビコンのこと話してないの。
宣伝もしないし、もちろんプログラムにも入れない。嵐のように1、2曲やって去る!」

なにそれ、スゴイ…。

「チェロセクション、ロビコンするのか。いいわねー。私は賛成。
楽団員も増えて音の厚みも増したんだから、弦楽四重奏とか積極的にすればいいのよ。」
とU先生。
「弦楽四重奏、コンマスにやりましょうよと言ったことあるんですけどね。いい返事がもらえませんでした。」
とKさん。
今回ゲリラになるのも、そういった過去の事情があるらしい。
「あらそうだったの。残念ね。なんで渋るのかしら。」
なぜなのでしょうね?

★★★★

後半は、いよいよメインプロの弦楽六重奏。

Mさんのチェロ、ニスの色が私とそっくりな濃い茶色だ。
形もストラディバリ型に見える。
私と同じフランス製だろうか。
私の楽器がペグが黒檀、テールピースが紫檀なのに対して、Mさんの楽器はペグが紫檀、テールピースが黒檀。
妙なところが気になった。

自分の頭の中のチェロ1stパート譜を追いながら聴いた。
音源を毎日毎日聴いてはいるが、やはり、目の前で繰り広げられるセッションの臨場感は圧倒的すぎた。
呼吸や視線の合わせ方、前へ出るところ、後ろで控えるところ、弓使い、体の使い方、などなど…学ぶものがたくさんあった。

だからと言って、すぐに真似できるかというと、それは難しい。自身の演奏にまだまだ自信がないからだ。
まずは、暗譜するほど弾きこむ必要がある。

★★★★

終演後。
音に酔ったようになりながらロビーへ出ると、パートリーダーKさんがいた。
駐車場まで一緒に歩いた。

「弦六、すごい迫力だったねぇ。」とKさん。
「そうですね。アレを今度は自分が弾くとは、信じられません。」
「そうだね。」

「ところでKさん。」と私。

「今度のプログラムなんですけれど。
私がメインプロの弦六解説を任されました。」

きっと前回の定演で私がプログラム校正係をやった際「つまらない解説はいらない」と豪語したせいだ。
“だったらお前がやってみろ”ということかも…(そこまでイジワルではないとは思うが)。

「先に中プロのバイコン解説が上がっていました。
執筆者は1stVnのWさんです。
Wさんは、“私たちのVnのこんなところを聴いてくだい”と書いていて素敵でした。
私もチェロの聴きどころを書こうかと思うのですが、どうでしょう。」

「だったら。」とKさん。

「夜さんが首席なんだからさぁ、“私の演奏のこんなところを聴け!”って書けばいいじゃない。」
と笑う。

はい〜?!

「ええ?!そんなオレ様な解説、ありえないですよ。
それに、私がトップなの、5月いっぱいまでですよね?
6月になったらMさん戻ってきますよね?!」

Kさん、ニヤリとして
「さあ、どうだろ。」などと言う。

「ええ?!そんな、困ります!」
と言う私を置いて、
「じゃあ、次の練習会で!」と言い、Kさんは行ってしまった。

勘弁してください…。
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