24.5月チェロレッスン②:おしゃべりばかりだった。
「夜の職場、大丈夫なの?」
レッスン室へ入るなり、先生にそう言われた。
私の職場の事故?事件?が県内版トップニュースになったのは、今週初めのことだった。
その時私は千葉へ短期出向していた。
報道の随分前に、私には連絡があった。
何せ、当事者の一人だったから。
「大丈夫ですよ。だって、事故なんて最初からなかったんですから。」
「どういうこと?」と先生が訝しむのは無理もない。
ここに具体的なことは書けないが、とても簡単に言うと、提携している会社の製品に問題があったため、ウチの職場で事故が起こったという内容。
その製品を使っている一人である私に、職場の上層部から調査協力依頼があった。
しかし、どう考えても、問題があると思えなかった。
調査内容も最初から問題ありきな内容で、私は解せなかった。
そこで私は「調査には協力できません。そう言えないなら、問題はなかったと言ってください。」と上司に言った。
ところが、問題はそう簡単に片付かなかったようで、出向中の私に何度も電話がかかってきた。
どうにも手が離せないときには、看護師さんにスマホを持ってもらい、スピーカーで通話した。
気持ちが落ち着かず、寝不足と疲れもあって、私は終始イライラしていた。スタッフの方々には大変申し訳なかった。
非があるとされた提携会社は想像以上に大変だったことだろう。
検査やテストを細かく何度も繰り返したようだった。
調査の結果は「異常は見つからなかった」だった。それはそうだろう。
だんだん概要が明らかになるにつれ、私は捏造された事件だったのでは?とすら思うようになった。あくまで私見である。
「・・・という訳です。」
先生は私の話が大変面白かったようだ。
「報道とはだいぶ違うじゃない。やっぱり現場の人間でないとわからないことはあるんだなぁ。」
報道が全てを伝えているとは限らないということだ。
音楽業界に疎い私には、先生の話は楽しい。
先生は私の業界話が楽しいらしい。
「センセ、この話は私の視点でしか語っていませんから、ほかの人に話したくなっても、私から聞いたって言わないでくださいね。」
「はいはい、わかってるよ。」
先生のご機嫌な様子から、誰かに話す気満々だ。
★
レッスンは、私が練習をできていないからちっとも進まない。
曲の2/3進んだところで、どうにもつっかえて弾けなくなってしまった。
いつも躓かないところで間違える。
考え出すと、今までどうやって弾けていたのかもわからなくなる。
「オケの定期演奏会が終わらない限りは、コッチの曲を弾き込むのは無理みたいです・・・スミマセン。」
と私。
先生、苦笑する。
「仕方がないよ。今時期仕事も忙しくて、家にすら帰ってないんだろう?6月に入ったら落ち着くかな?」
「はい。たぶん。」
「だといいな。」
私が苦手な序奏を、先生が一緒に弾いてくれる。
私の弾き方ではまだ拍の取り方が1拍早かった。修正してもらい、レッスン終了。
★
「夜、近日中にJさんと会う?」
と先生。
Jさんはウチの楽団のコントラバス奏者。
会うも何も、明日はチェロバスパート練習会だ。
「会うならトラをお願いしたいと伝えて欲しいんだよ。」
とのこと。
ウチの指揮者でクラリネット奏者のH先生とJさんと先生が昔、室内楽を組んでいたことを、私は最近知った。
「わかりました。伝えます。」
先生に頼られるJさん、いいなぁ。私には程遠い・・・いやいや、私の本業は演奏じゃないだろう?!と思い直す。
「それから。そのお前が練習中の定演なんだけど。やっぱり聴きに行けなくなってしまって。
室内楽の練習日なんだよ。」
「そうですか・・・。」
先生はなんとか時間を空けようと調整を試みたらしい。でも全員の都合と合わなかったそうだ。
前回のレッスンで「センセがいたら、緊張して弾けなくなる」と言ったものの、いざ来ないとなると何だか寂しい・・・と、現金な私。
「センセ、練習がんばってください。」
気持ちとは反対に、明るく言った。
先生は本当に申し訳なさそうに「ゴメン。」と言った。
「応援してるから。夜もがんばれ。」
「ありがとうございます。がんばります。」
私はにっこりして見せた。
明日はステージリハーサルだ。