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『中央駅』レビュー 河出 真美(梅田蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 兼 世界文学担当)

11月12日(火)に発売した韓国文学『中央駅』。韓国の若手作家として非常に評価されているキム・ヘジンが描く、ホームレスの男女による愛の物語ですが、読んだ皆様からご感想を頂戴しております。
そのうちのひとつ、梅田蔦屋書店にて海外文学を担当されている河出 真美さんからのレビューをいただきましたので、ご紹介いたします。

ー『中央駅』ー

河出真美(梅田蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 兼 世界文学担当)

路上で暮らす男女が出会い、一緒に暮らし始める――そのあらすじだけを聞いて、どんな物語を思い浮かべるだろうか。悲劇的な過去を持ち、心に傷を負い、社会に見捨てられたふたりが恋に落ち、お互いを思いやり、やがてふたりで新しい生活を始める――そんな希望のある話にもなりそうだ。しかし、『中央駅』はそんな物語ではない。
 「女と俺は互いに互いを選んだわけではない。俺たちを引き合わせたのは路上の生活であり、駅舎内に淀む時間だ。」(P105)
 と、『中央駅』の語り手は言う。ふたりの関係の始まりは「恋に落ちた」などというきれいなものではない。その関係が始まったのはきっと、お互いがその時その場にいたからだ。この小説の中心となるふたりには名前が与えられていない。過去もはっきりと明らかにはされない。ふたりはふたりとも、まるで過去も未来もなく現在しか持たない存在のように路上にいる。そして自分と同じくそういう寄る辺のない存在に出会い、まるで川に流されたふたりの人が互いにしがみつくように関係を結ぶ。
 そんなふうにして始まったものだから、ふたりの関係はもろい。
女は言う。
「本当にこんなところで恋愛なんかが可能だと思う?」(P118)
「あんたなんかただの通りすがり。私があんたを愛してるとでも思った?」(P152)
女は時にそんな言葉を投げかけ、男の前から姿を消す。ただしこの関係はもろいけれども、終わらせることが難しい。相手を失ってしまったら、他に一体誰が、何が残されているだろうか。結局女は男のもとに戻ってくる。
ふたりでちゃんと生きることは、いかにもできそうだ。事実、ふたりは部屋を借りる。男は働き始める。お金を貯めて、きちんとした家に移って、もっといい仕事に就いて。その未来は可能なはずだ。
けれどふたりの部屋で男は思う。
「女と一緒に眠れる部屋をずっと願ってきたのに、いざ、その部屋に横になってみると、窮屈で息が詰まる。今すぐにでも外に飛び出して、ヘッドライトと騒音が尽きることのない路上で横になりたい。ホコリと話し声が延々と漂う、かの場所で眠りにつきたい。」(P201)
 ふたりは何から何までまちがっている。きっと愛が不可能な場所で出会った。きっと路上を抜け出すことができるのに抜け出したくないと思う。きっと明るい未来をつかむことができるのに光の差す方へ向かおうとしない。
 この小説はそんなふたりの関係を、綺麗事を排して淡々と書く。この関係はなんなのか。いっそ始まらなければよかったのではないか。けれど人はきっと、そういう生きものだ。やればいいことをやらず、愛さなければいい人を愛する。そんな、人という生きもののどうしようもなさを描くキム・ヘジンの筆は、冷たくもなく、温かくもない。ただ冷静に、ありのままをありのままに書いている。
そんなどうにもならない愛を経て、最後、語り手は、物語の最初から一歩も動いていないようでいて、実は一層深い場所に足を踏み入れてしまっている。女の言葉にあるように。
 「これがどん底だと思ってるでしょ。違うよ。底なんてない。どん底まで来たと思った瞬間、さらに下へと転げ落ちるの」(P149)
 けれど最後のページにたどり着いても、どうしても思うことができなかった。ふたりが出会って寄り添ったことのすべてが、ないほうがいいことだったとは。たとえそれが更なる暗闇へとつながっていたのだとしても。

河出 真美(梅田蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 兼 世界文学担当)
好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山 蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。2018年4月より世界文学・海外ミステリーも担当するようになりました。おすすめ本やイベント情報をつぶやくツイッターアカウントは@umetsuta_yosho。#梅蔦世界文学 も御覧ください。

◆河出さんが働く書店
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『中央駅』
キム・ヘジン 著, 生田 美保 訳
定価:1,500円 + 税
彩流社より発売中

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