フラクタル・ワールド(2) 〜かたぢけなさに酌み交わす〜
【行政的断捨離】
戸籍を舐め回すように眺めながら一人一人に想いを馳せているうち、ご先祖さま方のお名を覚えるという当初の思いつきは、楽々クリアできた。
さらによく見ると、ひいじいちゃん、ひいばあちゃんになると、生まれた日や死んだ日がわからないものがあることに気づいた。あまりにたくさん調べてもらったからきっと抜けてしまったのだろう、ともう一度区役所の窓口まで行って、その部分も調べてほしいと図々しくも言ってみた。
そして再び、不思議なご職業に感謝することとなる。
「こういったご依頼を受けますと、まず担当者1人がすべて調べた後、抜け落ちが無いかどうか別の2人がチェックします。最終的には読み合わせながら3人で確認しますので、不注意で抜けているということはまずありません。」
・・・そこまでしてくださっていたのか。かたじけない!漢字で書くと、忝い。あるいは、辱い。
確かに、日にちが抜けているのかなと思っていたのは曽祖父母たちの何人かだからかなり前の時代だし、それは記録自体がもう存在していないのだった。
特に、平成10年代になってからだったか、戸籍の保存の仕方が大きく変えられてしまった時があったそうで、破棄までの保存年数が100年間だったのが50年間へとあっさり引き下げられたとかで、自治体によってはそのまま残しているところもあるかもしれないけれど、福岡市はその時点で基準に沿って古いものはさっさと破棄したのだとか。
なぜか、その後すぐまた、100年保存に引き上げられたとかいう謎の動きがあったそうだ。なんでそんな変え方したんだ?そのビミョーな条件に合致するところに、消してしまいたい何かがあったのかね。このご時世だから、疑うさ。そういう動きは怪しい。
でも・・・、ただただ、えーい!って何もかも捨ててしまいたいことってあるよね、福岡市よ。
そういうことかい?福岡市よ。
せめてそうであっておくれ、福岡市よ。
不都合な証拠隠滅とか墨塗り的なことじゃなく。なぁ、行政よ。
・・・消したかったのは・・・どの黒幕の記録だい?
【夜桜】
現代の戸籍制度になってからはどこでプライバシーの概念を使ってるのか、そうじゃない何なのかは知らないが、夫婦と未婚の子供だけを一つの戸籍にするという味気ない形態となっているので、本当に直系の人以外のことが追いづらい。
けれど昔のヤツは戸主の下に一族郎党ぶらさがっているので、祖父の伯母さんの生年月日もわかったりしておもしろい。もう、大政奉還よりも遡って、安政生まれだったりする。安政ってあなた、大獄だよ?
そんなこんなで、そういう見も知らぬ人々の生きた証は、枝葉ではあるけれど実にひとつひとつがゆかしい。ほぼ偶然のように今わたしの目に触れたそれらが、もはや消えたも同然となってしまっていることに、改めてツユのツユたる儚さを感じる。
てゆか、せっかくお前まで産みつないだのにさー、お前、産まんのかよーざけんなよ。って感じでしょうかご先祖様がたよ。
でもさ、ひいばば様、ひいじじ様がた、産んでつなげりゃいいってもんでもないじゃないすか、今の時代的に。あなた方、生身の体でドロドロと生きてた当時には、毎日すったもんだがあったでしょ、いろいろと。次から次へと。汲めども尽きぬ細胞間液が。
そういうもんを一掃するために、あなたがたの末端に、あたくしが生まれたのですよ。私はそのように実感するのですよ。どうですか、ご先祖様がたよ。
そしていかにもどこかからの声であるかのように、それぞれの家やもっと広い社会の「何か」を背負って一人で生きてきている年齢の近い女性たちと、よくこの頃は出会うのですよ。どうですか、ご先祖様がたよ。
毎夜、戸籍一式と酒と徳利とぐい呑みをバッグに入れて、近くの公園に行っては夜桜の下に座った。戸籍の中の住所の一つは、私の本籍でもあり、その公園からほど近い。
酒をついでは桜に向かって、父母まで続く親の親たちの名を呼び上げ、会話した。この桜たちの中には、その名のいくつかを、その人たちの生身をも包んだ風を、覚えている樹もいるのかもしれない。
夜桜の季節はまだ冷える時期ではあるけれど、べつに大した寒さではない。けれどこの直後からわたしのカラダは、10年以上ぶりにゲホゲホゲホゲホと咳を出し続けることとなる。
長く長く、なんなら世代をも超えて溜まりに溜まってきた澱みを、この肉体を使って吐き出そうとしていることが実感された。
このカラダが先祖代々の末端の操縦席であるような、私は現在その操縦桿を握る責任者ではあるけれども結局は集団行動をしているに過ぎないかのような、そんな感覚もあった。
つづくー。
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