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10月19日は、ご尊家の亡き愛猫おらく号一周忌。
まる一年経ったなー。おらくが光の森に行ってから。
というか、おらくが重たい重たい肉体で喘ぐのをやめてから。
9月のいつだったか、ペット霊園から封書が届いた。
火葬をしてもらったところだ。
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四足で走る感がすごい。
でも、私はこういう形式は、いいわ。
間にヒトが入ると、なんか気持ちが切り離されてしまうし。
火葬の前に般若心経は上げていただいたものの、そもそもおらくが仏教徒かどうかも聞いてなかったし。
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とにかく今日は、おらくが薄い薄い息をつなぎながらでもただ生きていてくれることがどんなにありがたいことか、そしてそれがどんなに身勝手な要求かを一瞬ごとに思い知りながら過ごした時間が、途切れた日だ。
法要をしてくれる霊園よりも、一年近くおらくの呼吸を助けてくれた酸素ケースのレンタルの会社までの殺風景な景色のほうが、亡きおらく号を偲ぶにふさわしい。
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レンタル会社は川の近くの、カーナビを見つつ徐行するタクシーも迷い気味になるような、あまり目印になる建物の無い場所にある。
返却の手続きはほとんど無いと言っていいほど簡略化されていた。
レンタル商品の返却に際して形式的にでも少しはありそうなことが敢えて省かれている感じで、印象的だった。
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ケースの方は、
白いネジを外して板状に分解。
返却するというのは、つまり、そういうことだから、削ぎ落とした気遣いだと感じた。
返却した日は、家までの1時間ほどの道のりを、なんとなく歩いて帰った。
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道を間違えて見つけた大きなスーパーでいくつか植物の苗を買ったり、車道沿いの銀杏並木の下に落ちている銀杏の実を拾ったりしながらとぼとぼ歩いた。
苗も銀杏の実も、生命の循環の中にあるものだ。おらくを次の循環につなげよう、と思いながら色々持って帰ってきた日だった。
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この一年、そういうふうに次に行こうとし過ぎていた。
おらくがもう苦しまなくてよくなったことへの安堵感が大きかったから、自分の寂しい、虚しい、悲しい気持ちはその辺に置いたまま一年過ごしてしまっていたということに、最近気がついた。
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それで10日ほど前、もう一度その殺風景な道を歩いてみることにした。
おらくのことを考えるというより、この辺を通った時の自分を拾い集めて、元の位置に嵌め込んで濃度を回復させるために。
酸素ケースを約1年間レンタルした後、返却してから1年。
レンタルに至るまでの時間も入れてトータルでこの3年ほどの間、ちゃんと地に足をつけていたのか、いなかったのか、やっぱりよくわからなくなってきたので。
長いよ、3年は。中学生が高校生になってしまう。
たしか、タクシーの中で私が今年は銀杏の実があまり落ちてないように感じると言ったら、他のお客さんも同じようなことをおっしゃってました、と運転手さんが言っていた。
どうでもいいことを思い出しながら、ふだんの生活では歩くことのない味気ない道をとろとろ歩いた。
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ペット用酸素ハウス テルコムの前で、セルフ撮影
(私はカーブミラーの中)。
一年経って初めて、口に出して言うことにした。
おらく。おらく。さびしい。
言ってなかったし、感じようとしていなかった。
おらくがおらんけん、さびしか。
おらくが、おらんごとなったけん、私はさびしゅーしてたまらん。
酸素ハウス テルコムから家までは、
一年前と同じように迷った道を辿って、同じスーパーに寄ってまた適当な小さい植物を買って、
でも銀杏の実はまだ落ちていなくて、
目から流れ出るもんは勝手にそうさせながら、
また歩いて帰った。
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さびしい。おらくよ。悲しいよ、おらく。
おらくがおらんから悲しい。悲しい。かなしい。さびしい。
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ワンちゃんをもう何年も前に亡くして「まだ涙が出るんです」っていう職場の人を本気で気遣って慰めてさしあげたりしながら、自分はすでにかなしんだからもう涙は出ないと思っていたのに。
今、さびしんだよ、おらく、私は。やっと。
私は、ずどーんと、寂しいんだよおらく。おらく。おらく。
ほんとに困るよ、おらく。おらくがおらんと、寂しいから。
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私は今のこの夕陽が華やかに射す部屋に入った時、「これから私と猫と時々オトコで暮らしてゆきます」と周囲に宣言して、パーティに集まってもらった。
宣言しておいたら、まず小さいおらくがやってきた。
パーティの日にはもう、立派な主ネコとしてお客さんたちを出迎えていた。
そしておらくが私の宣言通りの、宣言以上の、全ての幸せをつれてきた。
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あれは、誇れるほどまでに完璧な、ほんとのしあわせだったね、おらく。
おらく。
おらくにはどうだったかな。
私は、しあわせだった。おらく。おらく。
おらく。おらく。おらく。
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おらくがつれてきてくれたしあわせは、
おらくが元気を失ってから、
まるで午前零時を過ぎてかぼちゃの馬車の魔法が切れるように、
あっけなくはらはらと崩れ去ってしまった。
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悲しみとか虚しさとかがもつれ合っているから、重たいんだな。
絡んだ感情をほぐして整理していっている途中だ、今は。
しあわせだった形が消えたから、悲しんでるようだ。私は。
まる一年前の今日、おらくの肉体の苦しみが消えた。
その安堵感がとにかく大き過ぎた。
去年の今ごろはおらくがとんでもなく苦しんでいた頃だ、というような記憶が襲ってきてばっかりで、
今はもうその苦しみは消えたのだという安堵感で去年の記憶をかき消そうとしてきた一年だった。
そのせいで、自分自身の悲しみが安堵感の周辺に小さく散らばったままになっていたのだな。
散らばって放置されていた感情は、拾い集めなければ。
その感情と向かい合う勇気を出さねば。
てゆうか、もう勇気を出さないと、けっこうヤバい。
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悲しかったからなぁ、ぜんぶ消えて。
悲しかったと言おう。
悲しかった。
おらくの魔法の力が薄れてからフェイドアウトし始めた幸せがゼロに向かっていった、そのデクレッシェンドの細長い尖端にある悲しさなんだな、今日の日の数字に感じているのは。
これでもか、と死にかけの夢にトドメを刺された日のようで。
だから、今日が近いづいてくるのが重苦しかったのだろう。
悲しかった。悲しかった。かなしかった。
早く次に行かなければと気を張ってしまって、嘆くことを忘れていた。
次に行く前には、やっぱり、たっぷり嘆く段階が欠かせないのだな。この年月で実感している。
ここ数年は、感情の渦に巻き込まれる自分から抜け出すことをむしろ意識してきたのに、それだけでは底の底にうっすら溜まった澱が除けないのだなぁ。
自分の感情をも俯瞰して見る冷静な意識を大きくして生きてしまうと、自分で自分を聞き分けの良い子にしてしまう、ということだ。
感情はまずびやーーっと出し切ってから、という順序があるということか。
自分一人でやる作業だから、難しいな。悲しむのを我慢していたつもりはなく、もう十分悲しんだ、と思ってきていたわけだから。
でも悲しみ方が足りなかったのだ。
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悲しかったこと。
同居していた相手からの言葉。
肉体に重度の負担を強いる検査を進めようとする病院でおらくを薬漬けにしたくない、と思うに至った数年間の過程をすべてすっ飛ばして、
「オレがあの時注射を打ってもらいに行こうと強く言ってなかったら、おらくは死んでたからな」
と責め立てられた。やりきれない。
オレは正しい、お前が間違っていた、という声で
「イノチなんだから。」
と、まるで動物の命を軽んじる非道な人間をたしなめるかのような口調もあった。
悔しかった。
何より、残念だった。
今までは涙も出なかったなぁ。
悔しい。残念だ。悲しい。
病院で注射などの応急措置の後、酸素ケースのレンタルがありますよと教えてもらって、その日から使い始めた。
あの時の抗生物質が無かったら、ほんとうに、なじられたとおりのことになっていたのかもしれない。
その部分を責め立てる正義。
ずっとそこを考えていた。
やりきれなかった。やりきれない。今も。
今だに考える。
私のせいで、あそこで死なせることになっていたかもしれない、
その後の酸素ケースの中での1年間が無かったのかもしれない、と。
考えてどうなるものでもないのに、気がついたら考えている。
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連れて行ったのは、おらくの前にいたあさひという猫が急病であっという間に光になった時、救急でとても丁寧に良くしてくれた大きな病院だった。
けれど「西洋医学のやり方では症状がある限りその原因を突き止めていくしかない、次にやれることは全身麻酔で肺の中に菌がいないか調べること」だとやや気の毒そうに言われて、もうおらくを西洋医学の病院には連れて行けないと感じた。
自然療法の病院を見つけて通い、しばらくはかなりの回復ぶりだった。
けれど最初から「猫の鼻炎は治せません」とはっきり言われていた。
実際おらくが苦しみぬいたのは、鼻から気管支、肺へと必然的に進んでいった呼吸の症状だった。
いつかおそらく襲ってきてしまう将来に対して、西洋医学からも自然療法からもゆるやかに匙を投げられた感覚だった。
私には具体的には予測できないその不穏な事態に備えてゆくには、肉体に負担の少ない方法で体の抵抗力をつけていくしかない、と考えるようになった。
でもその先はどうなるのか、どうしたらよいのか、何もわからないままだった。
様子を気にしつつも数年間はそのまま生活できた。
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相手に責め立てられたのは、その後少しずつじわじわと進んだ症状がどうしようもなくなってからのことだ。
病院に無理をお願いして診てもらって、注射でいったんその苦しみが治まったことについて
「お前に否定された西洋医学が勝った」
と言われた。
いつからそこまでの対立意識が生じていたのか。
残念だった。
否定などしていない。
薬漬けを怖がるのは、思考停止の否定とは違う。
おらくに最善の道を模索し続けていただけだ。
けれどそう言っても通じない。
やりきれなかった。悲しかった。きつかった。どうにもできなかった。
それは、おらくが光になる時からまたちょうどまる一年前の、10月のことだった。
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相手の言動への絶望。
どうして。なぜ、今、ここにきて、なぜ。どこから。いつからズレてきていたんだ。始めから?
あのまま私が、苦しむおらくを死なせていたという責めを否定できない流れ。
わからないことだったんだからそれはそれでしょうがないじゃない、と後日、言ってくれた周囲の言葉。
西洋医学しか信じられない人はそういう言い方をするものですよ、とも。
私自身もそう思おうとしてきたが、気持ちは晴れない。
うちの中はそれまでに積み重ねられてきた絶望だらけで、その10月のうちにもう元に戻せなくなった。
バリン、と全部が割れてしまった。
そんな全てが胸の中をぐるぐる回り続けた。
今も回り続けているなぁ。
別れて1人と2匹になったうちの中で、おらくの酸素ケースの隣に布団を敷いて寝るようになった。
24時間けっこうな重低音を発し続ける酸素供給ポンプ本体からマンションの階下に響く音をできるだけ減らそうと、毛布や段ボールやエアバッグやいろんなものを敷いた。
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次々に襲ってくる苦しみを見つめて、日々その症状の改善のために奔走し、いろいろと気にかけることだらけの毎日の中、同居相手と別れるに至るまでのやりきれない悲しみの澱を私は全然拭っていなかった。
--世の中、どうしようもないことだらけだよ--
わかっている。
--価値観が合わなくなるなんて、よくあることだよ--
わかっている。
--人は互いに学び合うために出会うのだよ--
わかっている。
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全部わかっている。アタマでは。
わかっているから、自分に言い聞かせ過ぎた。
言い聞かせながら一年間、酸素ケースのポンプの作動音の中にいた。
おらくが光になって火葬に行くまでの4日間は、おらくがいなくなるようでずっとこの大きな音も消さなかった。
その音も無くなってうちの中が急に静かになったこの一年も、結局まだそのぐるぐる自体は消えていない。
まずは口に出して、悲しい、と言おう。
ちゃんと悲しもう。
どれだけでも涙にして、排出してしまおう。
悲しい。悲しかった。かなしい。
ずっとかなしい。やりきれない。かなしい。
何も戻ってこない。かなしい。さびしい。
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おらく。おらく。
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ふるむちゃんがいるからまあそんなに寂しくないでしょ、とか言われたりするけれど、そうじゃないんだ。
ふるむと私は、あの崩れ去ったしあわせの瓦礫の中から這い出したサバイバーみたいな同士だから、私は常にこの一年を振り返りながらふるむの献身に感謝しつづけ、お礼を言い続けてきた。
ふるむがいてくれる喜びは大きい。
けれど、だからおらくがいなくなった悲しみが薄れるわけではない。
ふるむはふるむ。おらくはおらく。
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おらくが虹の橋を渡っていったのは水曜の早朝だった。
きのうが一年経って回ってきた水曜日だ。
あの朝、明け方から2時間と少し寝落ちしてしまって、起きた時にはもう冷たくなっていたおらくの体を何度か撫でたあとに淡々とこなした仕事は、朝イチの授業と午後の授業。
今年も変わらぬ水曜日の時間割で朝と午後の授業を終えて、夜になって帰宅した。
日付が変わって、今日でまる一年の区切りの日にち。
おらくの魂がそっと肉体を脱いだ頃、私がとうとう眠りに落ちてしまった頃。
すぐそばの櫛田神社の朝の太鼓が鳴った頃。
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その太鼓が響く時、どうしていよう。
眠りこけておきたい。
いや、どうにか何か。
いや、どうでもいい。
結果として、これを書いている最中にその朝が巡ってくることになった。
おらくの魂が浮かび上がった頃の空の色を見に、ベランダに出た。
こんな色だったのだねぇ、おらく。
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こうやって、こうやりながら、自分を拾い集めてゆくしかないな。
そして、正直に悲しかった悔しかったさびしいと言う。
拾い集めると言っても、あんまり記憶が無いところも多いけれど。
だいじな温度調節のために窓も閉め切って、冷房をかけ続けて過ごした期間が長かったから、いつ秋らしい秋になっていたのかもよくわからなかった。
どんなものを食べてどうやって寝てたんだったか。
こんなに風が吹いていたんだったか。
きっとこの修復は、台風で荒らされた庭を元に戻すように、コツコツとやっていくしかないものだろう。
散らかったところは掃き清めて。
倒れた大鉢は起こして、土を払って。
新たな芽は芽で育みながら。
おらく、私はこの夏は冷房よりも窓を開け放して、午前中は暑くなりかけても長いことベランダで過ごして、おかげですっかり日に焼けてしまったよ。
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ずっと酸素ケースに酸素を送る命の機械音が響き続けていた昨夏を一掃するための光と風を、連れてきたのはおらくだな。
この夏も異常な暑さだとみんな騒いでいたけれど、ここには良い風がずっと吹き込んでいたからね。
ここはふつう、夏の夜は風向きが変わって風が入らなくなるからとても暑いのに、今年は夜もずっと風が通っていることに気づいて、驚いた。
ほんとうに、去年入ってきたがっていた風を、ぜんぶ連れてきてくれたのだろう。ね。おらく。
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茶の湯の精神(笑笑)
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おらく。おらく。おらく。
夕陽いろの、おらく。
私のそばにいたおらく。
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おらく。おらく。おらくの生まれ変わりの子猫を拾う夢を見たよ。
会えたらいいなあ、私はね。
おらくよ。今日で一年だってさ。
おらくの魂はもうどこかで生まれたらしいね。
だから、こんな日にちは、おらくにはもう関係ない。
「おらくちゃんは姿のいい白猫ちゃんで生まれてきてるみたいよ」って。
そう見えたと教えてもらったから。心配よ。
悪い人につかまらんように。寄って行かんように。
おらくにとって良いところを、選んでおゆきね。
そこでまた、凛として。
おらく。
私は陽の光いろのおらくを抱っこしたい。
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私の両腿の間にいつもすっぽりおさまっていたおらくの細長い背中から尻尾までを、しゅるん、しゅるんと撫でたい。
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おらく。おらく。おらく。おらく。
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おらく。おらく。おらく。おらく。おらく。今がこれまででいちばん、ちゃんとどっぷり寂しがっている。おらく。おらく。
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こんなに喜びが溢れ出る写真をいっぱい撮ってもらえる日々の中にいたことを、感謝しています。
おらくの魔法は、ほんとうに完璧なしあわせを作ってくれた。
無敵のメンバーだった。
ありがとう。かなしい。残念です。悲しい。くやしい。さびしい。
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おらく。おらく。おらく。
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おらく。おらく。おらく。おらく。おらく。
おらく。
おらく。
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2023.10.19
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