ナイトライドラッシュアワー 2
気づいた人は、夜空から猫が降ってきた、と思っただろう。
元「星峰彗華」、現在ロシアンブルーの猫はまるで重力がないかのように、ふわりと音もなくコンクリートへ着地した。
見下ろしていた光が、小さくなったこの身を塗りつぶさんばかりに迫ってくるようだ。知らず知らずのうちに、尻尾が左右へふわり、ふわりと揺れる。
おもわず鼻歌が漏れる、が、今の姿だと、只猫がふにゃふにゃご機嫌そうに鳴いているようにしかならない。
『すいか、たのしい?』
「ええ、とっても」
『ぼくも、うれしい』
頭の中、イリーゾの声が少しだけ、エコー掛かって聞こえる。
てってって、と雑踏を進む。ネオンとはまた違った色の波が、彗華を押し流さんばかりに迫り、流れていく。
お姉さんの真っ赤なヒール、居酒屋のバイトの汚れたスニーカー、買い足しに向かう店員の青いスニーカー、髪の毛を脱色したお兄さんの黒い革靴、酔っぱらったサラリーマンの茶色い革靴、誰かと待ち合わせをしている女の子のグレーのショートブーツ。
『すいか、きょうは、どれをたべるの?』
イリーゾの声に、彗華は歩きながらにゃうん、と小首を傾げる。合わせて、尻尾もメトロノームのようにふわりふわりと、揺れる。
雑踏の中から、ぴょん、ぴょんと跳ね、近くにあった屋台の看板に飛び乗る。
きらきらと目を輝かせながらネオンをあれこれと眺める。
その様は、女子高生がスイーツを選ぶのと全く同じだ。事実、彼女は時折、思い出したかのように舌をぺろりと出しては、慌てて引っ込めていた。
『まぁだ?』
飽きれたようなイリーゾの声。それからまた少し迷って、迷って、迷って、
そして、ようやく彼女は視点をあるお店のネオンに定めた。
「決めた、今晩はあの光を食べるわ」