スイッチ
いつからか分からないが、私にスイッチが見えるようになった。
それはモノだけでなく、人の腕や背中、中には太ももといったとんでもないとこにも見える。モノの方も、雨ざらしのブロック塀や空き地に放置された、錆びきった鉄骨にも見えるようになった。
最初は疲れから来る幻覚だと思った。けれどその感触は、プラスチック素材の、普段見かける電源スイッチであった。けれどそれが見えるのは、どうやら私だけの様だったから誰にも言っていない。
今日も、電柱にぽつんとあるスイッチを見つけた。私は周りに人がいないことを確認する。そして、一つ小さく息を吐いて、恐る恐る人差し指を伸ばすと、力を込めた。
カチン。小気味よい音と共に、どこからともなく、鴉の大群が現れ、その電柱のてっぺんに集まった。どうやらこのスイッチは、鴉を集めるスイッチだったようだ。
このように、実際押してみないと何のスイッチなのか、私には全く分からないし、分かる術もない。
ある時見つけたショッピング・モールの手すりについてたスイッチは、もたれてだべっていたヤンキー達をあっという間に退散させるスイッチだったり、またある時公園のブランコに見つけたスイッチは、ブランコの座る部分をチェーンから外すスイッチだったり。
こんな風に、モノへのスイッチはこっそり、時々押してるが、人についてるスイッチは押したことが無い。
けれど、今日私は生まれて初めて人のスイッチを押すことを決めた。目標は少し前に立っている、職場一の嫌われ者。
例外なくその人にもスイッチは見えていた。しかも都合の良い事に、その人のスイッチは背中のど真ん中だ。これなら、偶然を装ってスイッチを押すことが出来る。
何が起こるか全く予想が付かないが、少なくともその場で死んでしまうようなことはないだろう。それに、この人がどんな目に遭おうとも、それはきっと自業自得だ。
信号待ちをするその人の斜め後ろに近づき、様子をうかがう。信号が青になった時、私は通り過ぎ様にスイッチを押した。
カチン、と私にしか聞こえない、小気味よい音が聞こえた瞬間、その人は煙の様に存在自体が消えた。
そして私は、職場一の嫌われ者になった。
まるで、あの人と私が切り替わったように。
終
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