PM23:00
誰かが言ってた
幸せになるには、まず不幸にならないといけないって
お酒も程よく抜けてきた帰り道、私と彼の後ろには、幾人かの後輩がワイワイ盛り上がっている。
最初に断っておくが、「彼」と表記してはいるが断じて恋仲とかそんなクソみたいなものはない。
酒の力を借りて、こうして時間を気にせず遊び惚けられるのは大学生一番の特権だと私は信じている。
「しっかし、大分飲んだなあ。二次会ヤバイかもなこれ」
「サークル1.2を争う酒豪のお前に、限ってそれはない」
スパン、と小気味よい音まで聞こえてきそうなくらい言い切る私。
実際筋金入りの酒豪なのだから否定しようがない。
と、不意に彼が私の顔をマジマジと見つめてきた。
「何さキモい」
「地味にへこむからそれ。……お前、何かあったか?」
「へ?」
不意打ちにも程のあることを言われ、目が点になる私を置いて、彼はしきりに首を傾げる。
「まあ、なんだ、その、嫌なことは早め早めに消化した方が良いぞ、うん」
「……ありがたい忠告として受け取っとくわ」
辛い、ねえ。と口の中で転がす。
早何年経つだろう、そういった感情と無縁の人生になって。
優しく背中を押すのは、後輩達の楽しそうな声。
そっと頭上に降り積もるのは、無機質な街灯の灯り。
「……お前ってさ、こう、なんつーか、生き急いでいる、感じてがするんだよな」
「ほう」
「いや、それよか……生きることに、投げやりになってる、ていうのか?」
「へえへえ」
「お前聞いてないだろ」
「聞いてはいるさ」
屁理屈め、と言われるが無視。
いつの間にか、私が彼よりも3歩ほど先になっていた。
「結局のところ、何だかんだ言ったところで」
くるりと振り返ると、彼と丁度向かい合う形になった。
「どうせ幸せは主観の塊だ」
にこり、と満面の笑顔をお見舞いしてやる。
それを見た彼は、はあ、と苦虫を噛み潰したような顔になる。
「危なっかしいやつめ」
「お褒めいただき光栄だ」
褒めてねーよ馬鹿、と彼は呆れたように返す。
彼の肩越しに、後輩たちがきゃらきゃらはしゃいでいるのがみえる。
今の「私」が「幸せ」と感じているのなら
それがまごう事なき「幸せ」なのだ。
幾度となく言い聞かせた言葉が、頭の中で反芻する。
そして、少なくとも「幸せ」を「幸せ」と認知出来る間は、どれ程心身共に壊れていようとも、私はまだ「私」なのだ。
「死ぬなよ」
「死なないさ、多分」
アルコールの混ざった呼気は、酔いの醒めた頭に妙に心地良かった。