物語のタネ その八『ツッパリハイスクールRR #19』
俺の名前は北田勝。62歳。職業俳優。
コワモテの演技派として主にヤクザ、クライムものの作品に出演している。
今、俺とその役者仲間たちは、一粒で8時間「高校時代の自分の姿」に戻れる薬を使って「現役のツッパリ高校生」になり、文化祭に向けて「お化け屋敷部」に入部。
文化祭初日、俺たちの「目隠しお化け屋敷」は大人気に。
やって来たお化け屋敷コンテスト、通称「オバワンGP」の覆面審査員も大絶叫!
「はい、足元気をつけて下さい、先生、ゆっくり降りて下さいねー」
恐怖のあまり?膝の力が抜けてしまった教頭を村内さんがそっと介護しながらウォーキングマシンから降ろし、入り口まで連れていった。
と同時に、
「キンコンカンコーン」
チャイムが鳴った。
入り口のドアを開けて村内さんが教室内に顔を出す。
「以上です!目隠しお化け屋敷終了です!」
「お疲れ様でしたー!」
内村くんが満面の笑みを浮かべて叫ぶ。
「お疲れー!!」
滝内、松林、村井も声を張り上げる、勿論、俺も。
「みんな怖がってたね〜」
後ろ手に教室のドアを閉めて村内さんが嬉しそうに言った。
「村井くんの目隠しアイデア、バッチリだったね」
「お、おうよ」
村内さんにニッコリ顔で言われて、村井は嬉しさを全くもって隠しきれていない表情でモゴモゴ応える。
「それにしても滝内くんの家に、こんなウォーキングマシンがあってラッキーだったよね」
内村くんがマシンの手すりを撫でながら言う。
「しかも、新品同様の状態で」
そうだよね。
滝内の本当の体型を見れば、なぜそれが新品同様なのかは分かるが、敢えて今それは言うまい。
「よし、片付けようか」
「はい!」
5分後、片付け終了。
「あっという間に終わったね」
「そうだね、片付けるものはこんにゃくとマジックハンドくらいだからね」
皆で大笑い!
「あとは、このウォーキングマシンを出すだけだ」
ウォーキングマシンのストッパーを外してゴロゴロと正門に向かって皆で移動させる。
正門にはいつもお世話になっている美術スタッフが待っていてくれている。勿論、彼らは俺たちの正体は知らない。
俺が甥っ子の文化祭があってさ、とお願いしたのだ。
校舎を出て、正門まで校庭の横をウォーキングマシンを押して歩く。
途中、
「内村、めちゃ怖かったよ」
「村井さん、マジ怖かったんだけどー」
とお化け屋敷を体験した生徒から次々と声をかけられる。
「ホント⁈よかった」
「ありがとう!」
「次はもっと怖いよー」
その度に少し照れながらも返事をしていく二人。
「なんか、やっぱいいですね、祭りをやり遂げた後のこの感じ」
松林が満足げな顔をしている。
「そうだな、青春って感じだな」
と俺。
「なんか、この感覚、凄く充実した撮影のクランクアップの時みたいだな」
と滝内。
「うん、ホントっすね」
と村井。
俺も頷く。
「それって、俺たちの仕事自体が文化祭みたいなもんだからですね、きっと」
と松林。
確かにそうだ。
ふと、自分が本当に高校生だった頃、その時の文化祭の思い出が蘇る。
うちの高校は文武両道で、進学校ではあるが、部活は文化祭、体育祭もかなり熱を入れてやる学校だった。
ある時、当時ちょっと恋心を寄せていた同じクラスの女の子に相談があると言われた俺は、ドキドキしながら放課後、図書館で待ち合わせた。
そこで彼女がニッコリしながら俺にした相談は、
「北田くん、役者やってみない?」
彼女は演劇部の部長だったのだ。
そして文化祭公演でどうしても一人役者が足りなかったのだ。
惚れた弱みとここでお近づきになれるチャンスとほぼ100%邪な気持ちで、彼女のオファーに二つ返事をした俺は、それまで全く考えたことも無い芝居の世界に足を突っ込んだ。
練習が始まるとあの時のニッコリ笑顔は嘘だったのか?と思えるほどの厳しい指導。
そして迎えた本番。
講堂のステージの幕が上がる。
うちの演劇部は中々の実力と評判を誇っていたので、客席は満杯。
俺は、とにかく、がむしゃらに。
正直、必死過ぎて細かいことは覚えていない。
だが、演じながら、観られながら何とも言えない高揚感、恍惚感に包まれていったあの感覚は忘れない。
そして、終演。
湧き上がる満場の拍手。
カーテンコールで再び舞台へ。
さっきよりも更に高まる拍手の音。
幕が降りる。
横を見ると俺を誘った彼女が泣いている。
うん、きっとあの時、俺は役者になろうと思ったんだろうな。
毎日が文化祭、そんな人生を送りたくて。
そんなことを考えているうちに、正門についた。
馴染みの美術スタッフが待っていた。
「すみません!ありがとうございます。おじさんがくれぐれもよろしくと言っていました」
と俺。
「いやいや、おじさんにはいつもお世話になっているからね」
いや、お世話になっているのはこちらの方だ。
今回、裏方をやってみてしみじみそう思った。
さすがベテラン。
重いウォーキングマシンをひょいと荷台に乗せると、ブロロローと去って行った。
「片付け完了!あとは後夜祭を楽しむだけだね!」
と村内さんがウキウキ声で言う。
顔を見合わせる俺たち。
時計の針は15時をまわっている。
薬の効き目が切れるのはもうすぐだ。
「それが、俺たち、ちょっとこの後用事があって」
「えー!後夜祭までが文化祭だよ」
「そうなんだけど。どうしても外せない用事があるんだよ」
「4人とも」
「そう」
「うちの後夜祭、盛り上がるんだよ。でっかいキャンプファイアーしてさ」
「俺たちも行きたいのはやまやまなんだけどさ。二人は楽しんでよ。あ、まずい遅れちゃう、行くぞ!じゃあ、また明日!」
「えー」という顔をした二人を残して、俺たちは正門を出る。
横を見たら村井が泣きそうな顔をしている。
耐えろ村井!
俺たちは角を曲がったところに待っているロケバス目指して猛ダッシュした!
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