阪急電車の窓から見える桜
通勤は阪急電車神戸線だ。
春になるとこれでもかこれでもか線路沿いの桜たちが朝の寝ぼけた目に飛び込んでくる。
桜たちは電車の窓ギリギリのところでまで腕を伸ばし咲き誇っている。
朝の白っぽい光に照らされて迫力満点。
電車が橋を渡る時は、川の土手を見て欲しい。そこにもまた桜が咲いてる。
この季節にしか気づかない桜。
車窓は桜探し大会の様相を呈している。
桜たちは新入生を迎える上級生の両腕のアーチ。新入生を乗せて走り抜けるマルーン色の阪急電車を迎えてくれている。
口を半開きのまま目は窓から窓からドンドン後ろへ流れていく桜を追い続ける。
今にも咲きそうな桜、満開で溢れるばかりの桜、葉桜になりかけの桜…そして緑になる。
初めて阪急電車神戸線の線路沿いに次々と現れる桜を見たのは大学1年の4月だった。30年ほど前だ。
第一希望の国公立は共通一次の点が足りず、正確に言うと奇跡は起きず、別の大学を受験。ここも落ちて私立の大学進学が決まっていた。進学する大学は田舎の実家から相当遠かった。通学致死ラインがあるとするならそのライン上かちょっとライン過ぎた辺り。近所のお兄さんがなんとか通った、と言う地域に伝わる逸話⁈にすがりつく悲壮な覚悟をしていた。
一限の体育。それだけでも相当イヤなのに授業前に運動ができる服装への着替えがあるからさらに早く起きねばならない。
寝ぼけ眼で電車に乗る。山陽電車から阪急電車乗り換えの頃はラッシュの通勤時間帯でとても座れる状況では無い。ふらふらと吊り革につかまりつつ外の景色に目をやると…
そこには桜がオンパレード。
なんなん?この電車!
窓の景色がずっとピンクやん。
あまりにも明るすぎる車窓の景色と不本意ながら大学に通い始めた私のどんよりした気持ちと5時の早起きで頭の奥がぼぉ〜っとしている感じと。
死んだ目のまま口開けて車窓に流れていく桜の景色を見ていた。
私はこのままこの遠い大学に4年間通い続けることが出来るのか、いや、とても出来る気がしないぞ。
キャンパスは人がやたらと多いのに自分の知ってる人はほんの一握り。自分の居場所が無いふわふわした感覚。
上級生はセンスの良いオシャレな人が多くて自分が田舎者丸出しであるという恐れ。メイクだってよくわかってない。
同じ関西なのに語尾が播州弁とは違うちょっと上品な話ぶりへの同期と話す時の緊張感。
不安で押しつぶされそうな自分をなんとかやってゆこうという自分がやっとこさ動かしている感じ。
入学式は文字通り桜満開の晴天だった。
夏はテニス、冬はスキーの、明るい、もとい、軽〜いノリのチラシを抱えきれないほど次々と両腕に乗せられ、すっかりこの大学なんなん?勉強せーへんの?と感じたモヤモヤ。
あ〜あ、国立大学落ちたからしゃーないな、という気持ち。目は笑って無い微妙な笑顔の写真。
阪急電車の車窓の桜のオンパレードを見るとあの時のむちゃくちゃ暗かった、不安でどよんどよんだった自分をそっと思い出す。
思い出して、そして、食べれるものでもないのにやはり口を半開きにして見惚れながら今年も阪急電車の窓からの桜の景色を飲み込んでいる。