結局、自分をどうもてなすのが正解なのか
久々に、どうしようもない疲れ方をしていた。
実は今年から、本業をセーブして少しずつWebライティングの仕事を始め、有り難いことに週に4~5本の記事を書かせていただけている。
ライター、と名乗るのは烏滸がましく、表立って名前が出るわけでもない。
けれどいわゆる「下積み」は今しか出来ないとばかりに真摯に取り組んでいるつもりだし、実際にかなり勉強になっている。
ここまで書くと私の転身準備は一見上手くいっているように思えるかも知れない。しかしながら本業との折り合いがつかなくなってきた、というより看過できないことが増えてきた。詳細をたらたらと書いても仕方がないので省くが、社内での私は「(都合の)いいひと」で在り過ぎたんだと思う。
それで軽くパンクしたのが先々週あたり。
来年春先までの契約を満了した時点で去ることに決めた。
あと1年弱は今のペースで行くことになる。現時点ではライティングの仕事をこれ以上増やすのは不可能と判断。ならば別の方法を考えるしかない。そう決めると少し楽になった。
人間、本当に気が滅入ると好きなことすらやりたくなくなるもの。この2週間くらいは仕事と家事のルーティーンを無心でこなすことしか出来ず、惰性で作業系ソシャゲをやるくらい(これが意外に気分転換になったが)。
ほんの少しずつ状態が好転してきたところで、ようやく外に出る気になった。ようやく自分の好きなことをやろう、自分を癒してやろうと思えるようになった。よく「自分をもてなす」というけれど、あまりこの表現は好きではない。好きではないけど今の自分には相応しいのではとも思った。
日曜日。どこに行きたい?と自分に問う。選択肢は2つあった。自然のあるところ、または本のあるところ。前者については朝のウォーキングで割と満たされているので、書店に行くことにした。
書店とは不思議なもので、同じ本でも書店のディスプレイの仕方によって買う気が起きたり失せたりする。なかでも私は丸善が好き。他の書店でスルーしたものを自然に手に取っていたりする。
向井智香さんの「ヨーグルトの本」のコーナーができていて、各社のヨーグルト(本物)が本の周りにディスプレイされていた。なかなか攻めている。仕事柄つい「誤食されないかしら、しかも常温だし」なんて思ってしまったがそんな遊び心にほくそ笑んでしまった。
つい長居をしてしまって、文庫本を5~6冊買ってしまった(しかも積読とダブり買いをやらかす)けれど、好きな書店で過ごす時間は十分な癒しになった。これが「自分をもてなす」で合ってるのかな。ちょっと前までは普通のことだったことが特別な時間になるくらいには、疲れていたんだね。