#ドリーム怪談 投稿作「神域に待つ鬼」
S県にある、とある集落に名もなき比売神をお祀りする神社がございます。
かつて、人々の信仰は篤く、神社には盛んに寄進が行われて、それに応えるように集落は良く栄えておりました。
そんな集落にある時、山から鬼が現れ、牛馬を襲い、人を殺め、散々に荒らしまわったのでございます。
宮司は神社にどっかと居座った鬼に懇願いたしました。
「どうかお見逃し下さい。これ以上は私どもも立ちゆきませぬ」
鬼はそれに対して告げました。
「では、今年十五になる娘がいるならば俺に差し出せ。その娘を娶ったらば手を引いてやろう」
宮司は長の元へと走り、鬼の言葉を伝えました。長は集落に十五になる娘がいる事を承知しておりました。それは集落で最も貧しい夫婦の一人娘でございました。
集落の男衆は泣いて縋る夫婦から娘を奪い取り、神社で待つ鬼の元へと連れて行ったのでございます。
「この娘でございます、どうぞお好きになさってくださいませ。これで我らはお見逃しを」
鬼はさめざめと泣く娘を腕に抱くと、丁寧に丁寧に、集落の人々を殺して回りました。残されたのは子供らと、娘の両親と、宮司だけでございました。
「俺は鬼だが、お前らの方が余程の畜生よ。生きるに値せぬ、故に殺した。娘は貰っていく。この後、俺をこの神社に祀れ。良く祈れ。それがなされている間には俺は娘の故郷であるこの地を護ってやろう」
鬼はそう言い残し、娘を連れて姿を消してしまいました。
宮司と夫婦は子供達を養いながら必死に集落を立て直し、一方でその鬼を鬼神としてお祀りし、連れていかれた娘の平穏を祈りました。
しかし、人とは忘れる生き物でございます。
ある時より神社に参る者はいなくなり、寂れるに任されるようになりました。
祈りが絶えるのと時を同じくして集落は災害や飢饉に襲われるようになり、人々は縋る様に神社に向かいました。
宮司すらいなくなった荒れ果てた神社には、鬼がおりました。
「約束を違えたな? ならばもう、容赦はせぬ」
鬼はそのまま、丁寧に丁寧に、集落の人々を一人残らず殺してしまいました。
それからでございます。
朽ちかけた神社には恨めし気に泣く娘が現れるようになり、偶然に訪れた者達の肝を潰したそうでございます。
そして娘の傍らには鬼がおり、神社を再建して集落に人を住まわせるように要求するのだそうです。
人々は祟られては敵わない、と鬼の要求に従いました。
そうして神社は元の姿に戻され、集落に人が増えると娘と鬼は姿を消したのでございます。
時は移り、現代。
神社は寂れて、祈る人も減りました。
今でも神社には時折、娘が現れてしくしくと泣いているのだそうでございます。
さて、娘の傍らに鬼の姿はあるのでございましょうか。
あったとすれば、鬼の怒りに触れるまで後どれほどの猶予がありますやら。
神となってお祀りされた鬼は果たして何のためにそこまでするのでございましょう。
その答えは娘にしか分からないのだろうと囁かれているそうでございます。