外套を着込み、一面の雪の原を弟の手を引いて歩いていた。 「あにさま……さむい……」 弟・美雪は集落の宮司に着せられた着物に草履姿なので、さぞや寒かろう。だが、私は心を鬼にして小さな声で言った。 「辛抱しなさい、お前はこれから神様にお仕えしに行くのだから」 私の声に弟は少し俯いて、震える体で必死に雪原を歩んでいった。 ――今年は冬の訪れを前に雪が降り始め、夏の長雨もあって冬を越せるだけの作物が取れなかった。 どの家も蓄えに余裕はなく、集落では山におわすユキオガミ様に御
家の前は山、ちょっと歩いて行くと、また別の山。 僕はそんなちょっとした田舎に住んでいた。 春休み、親戚がうちに集まっていた。いとこ達も一緒だ。 ゲームして、菓子を食べて、だらだらと過ごしていたけど、やっぱりそんなのにも飽きてきて、僕達は山に遊びに行く事にした。 その山は、入ってもいい山だ。 入ったからって誰に怒られるわけでもないし、山の中に古びた神社だの寺だの祠だのがあるわけでもない。たまに市から委託された害獣駆除で猟師が猪とか猿とかを撃ちに行ってるっていうし、獣
子供は“七歳までは神のうち”と言うのは民俗学ではよく聞く話ではないでしょうか? 諸説ありますが、昔は幼子が七歳まで生きるのは大変なことであり、まだ神様の領域にいる為に容易く死して神様の元に帰ってしまう、というある種の諦観なども含まれていたのでございましょう。 数えで七歳を超えると人間として生きていく事になる、というのも、そこまで生きられたら一安心、働き手としても数えられるという事でもあったのでしょう。 とある寂れた漁村でも、やはりそういった考えが根付いておりました。
部活の居残り練習で遅くなり、辺りはもう真っ暗だった。 家へと急ぐ俺は、チカチカと切れかけている街灯に「さっさと直してくれればいいのに」と思いながら、暗い道を少し早足で歩いて行く。 ふと、最近、部活内で話題に上がった変な話が脳裏を過る。 「バスケ部のやつ、また怪我したんだってさ」 「またかよ? 一週間前にも一人、怪我したって聞いたぜ?」 「それがさ、怪我する前にそいつらが言ってたらしいんだけど、家の前に知らない人間が立ってて、家を指差してたって言うんだ。二人ともだぜ?」
お城の周り、お堀端通りを通る時、目を引くものがある。 朱塗りの橋の傍らに立つ女性だ。 落ち着いた雰囲気の振袖を纏った彼女は、何故か雨の日にだけ橋の傍らで傘を差して佇んでいる。 差している傘は、着物に合わせたのだろうか、和傘だ。現在では雨の日にはほとんど使わないというから、余計に彼女の姿は目につく。 降りしきる雨の中、物憂げに立つ彼女。 晴れた日には姿を見せることがない彼女。 雨のお堀端通りを行く時、私は自然と彼女の姿を探す様になった。 いつもの場所、橋の傍らで
S県にある、とある集落に名もなき比売神をお祀りする神社がございます。 かつて、人々の信仰は篤く、神社には盛んに寄進が行われて、それに応えるように集落は良く栄えておりました。 そんな集落にある時、山から鬼が現れ、牛馬を襲い、人を殺め、散々に荒らしまわったのでございます。 宮司は神社にどっかと居座った鬼に懇願いたしました。 「どうかお見逃し下さい。これ以上は私どもも立ちゆきませぬ」 鬼はそれに対して告げました。 「では、今年十五になる娘がいるならば俺に差し出せ。その娘を
学校というのは、ある意味で閉鎖環境だ。 だからこそ、怖い話、七不思議、怪談……そういうものが娯楽として消費される。 でもそういうのはただのお遊び、誰でも嘘だってわかってて、だからこそお話として楽しめるもの。 私はそういうのに興味はない。何の害もないものだって分かってるから。 授業中、私は一番後ろの廊下側の席で、ドアに設えられた小さな窓から廊下を眺めている。 ――いる。 またいる。 私は目を合わせないように少し視線をずらして、それを確認した。 この高校が建って