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『週刊 ゆきおとこ 』 pilot 版
pilot 版 (無料) 2024/12/1 刊 ▲ 雪男の記事一覧
― リルケ 『時は身を傾けて』 より
時は身を傾けて
わが鐘をうつ
感官ふるえて 可能を感じ
造型の昼をつかむ
■ 連続小説 ― 髑髏の旅 (1) ―
ある日、自分が髑髏になって国道わきの植え込みに朽ち果て、野ざらしになっている夢を見た。この時、目覚めを待たずに、私は旅に出る決心をした。むろん、死に急いだわけではない。そうではなく、究極に、自分が髑髏化するかもしれないという過程に恐ろしく魅き込まれたのだ。それは娯楽の旅なんかではなく、ある種、自分の中の別れてきた何者かとの弔い合戦への出発であった。かつての見送りの風は一度も過去を振り返らぬまま、惜別のやさしさなど一分も見せてはくれない。むしろ、朽ちて土となりはててそのまま消えてしまえ、と言わんばかりに私に六文銭を投げつけた。
これぞ、厳粛なる本気の贐である。
そして気が付けば、長らく暮らしたボロアパートはもう雲の下のシミとなり、白浜の真砂よりも小さくて、記憶の幾年を数え得ぬほどとなっていた。しかし私がゆく先々の行路では、閑古鳥が休む間もなく忙しそうに働いている。それだけでもありがたい。それは、この旅がうまくいっている証拠である。私が動けば、誰かが動かざるを得なくなる。また、彼らが動けば、私も動かざるを得ない。それが浮世の草の意味である。
やがて私は、立秋の風がしみる芋のような頭を雲の上に二つ三つとつき出しながら、箱根の山をこえていった。
不死のやまに見下ろされて、はるばる 三十里 までやってきたところ。箱根を越えてしまうと、もうそこは魔界・天高原の國と思われ、眼前に現れるものの全てが三世の忘れ形見のようであった。鋸岳から駿河に清水をはこぶ富士川の麓・庵原の河原にて、歳のほどあと三つに足りない女の子が泣いていた。 ― 捨て子だった。
まだこの時世では、裕福でない家の子は簡単に捨てられていた。三つを過ぎてしまうともう立派に自分の名前や住まいを説明できてしまう。だから、親はその可愛さが消えたぎりぎりのタイミングで子を捨てる。しかし自らの手では心が痛む。したがって、それを専門とする業者がどこにでも存在し、親は少しでも呵責をのがれんとする。神隠し、カッパの川流れ、から、座敷童や又三郎に到るまで、柳田が言った山の伝説とはそういうことだ。
小さな体はすでに皮だけになってやせ細っていたが、まだ大きな声で泣くだけの力は残っているようだった。しかし、それもあと二日ほどのことだろう。彼女の世界はまだ神に救われてなかったということだ。そして、お前の親の家にもまだ、神は降りてきてなかったらしい。
私はその子に、リュックの握り飯を一つだけ与えた。その子にとっては飯どころではないハズだったが、その白い塊を小さな手でしっかりと握りしめて、それからまた彼女は泣いた。
「あきらめろ。お前の命はそこまでだ。」
私は最後の優しさで彼女にそう言った。私には、彼女のどろどろに泣き崩した哀れな顔が、まるで今の自分の顔の裏返しのように脳裏に焼き付いてしまった。
富士川を渡ると、子供の泣き声は聞こえなくなった。
***
掛川をすぎて、小夜の中山の峠にいたるころ、山の風にのって人のうめき声が聞こえてきた。それは一人のものではなく、幾人もの声が交じり合っていた。子供も、大人も、男も、女も。いつしか自分の声も反応して嗚咽している、と思って夢からさめた。
荷物を背負った馬のさらにその上で、私は眠ってしまったようだ。寂しいだけの月に照らされた谷道を行く馬のタテガミが、宙に浮く私の足の遥かに下で風に吹かれていた。そして、その谷道はときどき、そのすぐ脇につづく奈落の暗闇へと吸い込まれて消えている。馬が足の運びをあやまれば、私は自分の荷物をロストせずに黄泉のホテルにチェックインできただろう。しかし不幸にしてか、私は西行法師に同じく、自分がまだここに生きていることを確認した。
***
深川の古池を飛び出してから半月あまり、熱田に到ってさらに桑名・津・松坂をすぎては髑髏は空を見る事もなく、ついにこたびの目的地である伊勢に到達した。
宮川を渡って西行法師が見たかもしれぬという堤の葉桜を拝むころには、外宮のはるかに外からも、地平線の向こうに住むという聖者とアマテラスを信仰して参った人々で溢れかえっており、開かれた岩戸の賑やかしが私のまわりを取り囲むようになっていた。ここでは、昼も夜も、町全体が宴をつづけ、天上での奇跡を祝っている。そんな、ええじゃないかの群衆のなかで、坊主ではない坊主姿の、俗人を隠しただけの私は、ここまで来て宮参りを拒否された。仕方なしに次の目的であった宇治山田の西行谷へ向かった。
檜の森の五十鈴川をさかのぼり、神路山に到るころ、小さな村落に出あう。村では女どもが河で芋を洗っていた。それはまるで、私の頭が洗われているかのように錯覚させる。芋はゴロゴロと泥を祓われて、中から女郎花のような薄い純心色が現れる。私もひとつ一緒に洗ってはもらえぬか、と、蝶の柄の着物を着た女に冗談をいう。女は黙って蒸しあげた芋をひとつ置いてくれた。そして女は、蒸し芋の湯気のように、いい香りの笑顔を残して宿の釜場に消えた。
(つづく)
■ 短編① ― さよなら、カッシーニ ―
1997年
我々は 量子力学的にその空間に閉じ込められた
いや 空間は閉じていた と言った方が正しいのか
とにかくも その記念すべき瞬間に 我々はそこから逃れられない運命となり 我々にとっての宇宙空間は無限ではなくなった
万物を制すると信じて投げ出された方舟の ただの附属物
いや 許容範囲の不純物として我々は見棄てられたのだ
我々はその目的ではなかった
手段でもなく 選ばれる理由は何一つない
しかも 我々は厄介者のレッテルさえも頂いた なのに
この方舟で無理やりに連れ去られたと云うわけである
希酸素 無栄養素 腐食防止剤塗布済みで立ち入る隙はわずか
生き延びるかどうかは 丁半の賽のようなもの
活動機器のおかげで絶対零度は免れる
漆黒の闇のなか あらゆる放射線が体を突き抜けてゆく
それは確率ゲームのようなもの
賽をふり 右か左か 上るか下りるかを決める
記録された遺伝子のメッセージは役にたたない
最初に真菌が息絶えた
この閉じられた空間では 他人に頼る循環型は致命的だ
空間は入念に除湿されていた しかし
空気中の水を完全に取り除くのは不可能だ
そのわずかの結露で我々は生き延びた
そして 我々の体をねらってファージもRNAを繋いだが
2017年 長月十五夜
土星に消えた同僚たちの冥福を祈ろう
■ 短編② ― プルシアンブルーに抱かれて ―
鈴虫 風鈴 風車
祭りにふたつ肩を並べたプルシアンブルー
宵闇に溶け消えそうな命 なれど
矢がすりに抱きしめられて 私の時間が初めて止まる
届けてくれたのは 破れた帽子がひとつ
昨日の手紙の命は いたずらか
優しく握ってくれた大きな手は戻らぬか と何度も尋ねた
消えない優しい笑顔とともに 私の時間が止まる
綿あめ 大玉大輪 肩車
駈ける君の元気さに 逃げる日々が追いかけられて
八紘には 君の笑顔に払う宝を見つけられず
ただ 大小の揃い浴衣が跳ねた彩り社
誰が掘り進めたか 地獄の穴で見た火は神楽の松明
怖かろう 不安であろう
掴まっておいで 守ってあげるから
熱かろう 辛かろう
もはや 襟を掴んだ小さな手を包むことしか出来ぬをゆるせ
祭り囃
プルシアンブルーの宵闇に
浴衣姿が三つ 手をつなぐ
■ 詩訳 ― 遠野郷 原作 柳田國男 ―
陸中は上閉伊の西
遠野 土淵 附馬牛 松崎 青笹 上郷 小友 綾織
鱒沢 宮守 達曽部
横田城を
花巻に降り 北上川
猿ヶ石の渓を伝いて 東方十三里
一円の湖水 人界に出でしより 邑落
されば猿ヶ石 七内八﨑なり
■ 連続コラージュ ― タイトルは最後に決まる ―
まずは、海に
釣り糸を垂らす
何か、大物を
できれば、シロナガスクジラ など
命をいただく、レジャー
可哀そうか?
不道徳だろうか?
一方で、イワシが大漁にあがれば嬉しいのは、なぜ
ボクがイワシなら、
人間て、勝手だ
*****
龍の扉をおして、
森にもぐる
待っていたのは、
亀か
リムジンか
キセルからは、紫のけむり
でも、渡されたのは、キャンディ・ポップ
気が付いたら、くれない色のストリートに転がされていた
*****
ときどき、コロラが近寄って来て、
ボクの頬をなでる
もう遠い、一万年ほど昔のはなし
そして、こんどはボクが コロラの頬をなでる番
*****
朝のチャイムが、いくつを打つのか、ボクは知らない
目が覚めると、昼のチャイムが鳴った
「起こすのは、よそう」 と、誰かが言った
カーテンに海風
「そっとしておいて、あげようよ」 と、ボクが言った
*****
新聞を読むひと
クロワッサンをかじるひと
仕事の電話をしてるひと
船は、マンデリンの香り
*****
update 2024.11.30
■ ジジ雑庵 ― 創刊のまえに ―
何か 有料マガジン的な事をやりたくて 未だ有償のものは書いた事が無いのですが 色々な好奇心が混ざり合って、アップしてみようと計画中
Note には かれこれ3年越しに短い詩をあげたりしてましたが 正直 そろそろ飽きてきたという事も 一方でSF的な作品はそれ以前から書き溜めたものらがあり その再構成をかねて公開にのぞもうとしています
とまあ 偉そうな事が言えるほどの作家風情ではございません どうぞ お手柔らかにお願いいたします
とりあえずは パイロット版(無料)ということでシステマチックな事を整理しながら進めます
そして何より
一緒にトリップして 楽しんでいただければ 幸いです
まずは はじめのはじめに ご挨拶
― 2024年12月 吉日