
一茶両吟 拾陸ノ巻 (16)
【表六句】
新春 今上げし 小溝の泥や とぶ小蝶
新春 よごれも潔し ひと瀬わたらば
春 人よりも 朝きげんなり かへる雁
雑 歌ひ忘れじ よき空なれば
春の月 きのう寝し さが山みえて 春の雨
雑 すけぼらし朝の 月は逃げ消え
【裏十二句】
春 蒲公英に 飛び暮らしたる 小川かな
恋 花虻となり すいてほしけれ
恋 木曽山は うしろになりぬ 鳴く雲雀
雑 小さく朧ふ さらしなの恋
雑 鳴く雲雀 人のかほから 日の暮るる
雑 ふたりひとりと われが行く夜
秋の月 ちり紙に すき込まるるな 風のてふ
秋 松虫まつは 名月鳴くゆゑ
秋 油火の うつくしき夜や なく蛙
雑 終わりの影に ゆらす生命の
花 こつこつと 人行き過ぎて 花のちる
春 舞へよ佳純よ 虚をなうちそね
【名残表 十二句】
春 よしずあむ 槌にもなれし 小てふかな
雑 さわがし庭も 都となりん
雑 また窓へ 吹きもどさるる 小てふかな
雑 試煉八戒 花は待つらむ
冬 春の日や 水さへあれば 暮れ残り
冬 氷鏡うつす ますこしの越し
雑 野大根も 花咲きにけり 鳴く雲雀
恋 里恋しやと さがす春なり
恋 奈良漬を 丸でかじりて 花の陰
雑 面影にぎる 辛味なつかし
秋の月 霞み行くや 二親もちし 小すげ笠
秋 終の哀しみ 月は独りに
【名残裏 六句】
秋 地車に おつぴしがれし 菫かな
雑 君咲くことの なかざらんこと
雑 福蟾も のさばり出たり 桃の花
雑 大家のつづみ 耐えよ鬼まで
花 親里へ 水は流るる 春辺かな
春 奉公じまひに 雪どけ潤ふ
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)