今日の昼で既に5回はトイレに行った。 言葉の毒でもどうやら人は死ぬらしい。 ユーモアに溢れた生活がしたいけれど、現実はユーモアでいくら儲けられるんですか?って問ばかりで私は白紙で出す。でかでかと名前だけは書いてやる。 おはようからおやすみまであなたのユーモアと共にあらんことを。
逢えなかったこの数年の時を埋めるがごとくの怒涛の想い。 全てをひっくるめて労いと鼓舞を込めるその声は何よりも突き抜けていて心を射抜いた。 日々の機微も全てを飲み込んで放たれた声だった。 自分自身を裏付けてきた音楽たちに恥じないような生き方をしたい。
鬼が来る。鬼がくるぞ。
彼女の背を見ていると、ぽつりと涙が出る。 私が尊敬して止まない女達は、真っ直ぐ前を見つめ、優しくほほ笑みかける。 どんな毒も届かぬぐらいに気高いのだ。
人生のご褒美の時間にはそれなりに対価がある。 差し迫ってる極楽の日に向けて怒涛の責務が降り掛かってきている。 少し遠目に見ては人生だなと思う。
身を切ってその血で銭を洗い、その隙間を埋めるように人を求める若者よ。 その蒼さが今でも抜けずこんな大人になってしまったよ。 何者にもなれなかった老いていく自分を鏡で見ながら、毎夜のごとく昔話を薬に止血する。 失ったものを幾つ数えても、数え唄にもならぬ。 羅列をしながらうわ言のように繰り返す。
体と心が散り散りになってしまいそうなところを、なんとか誰かからの愛で繋ぎ止めている。 いつだってそうだ。 自己愛を持ち育てることは素晴らしいけど、それが出来ない私は、いつまでたっても人に依存してしまう。 鏡よ鏡。あなたに問い掛けても答えは自分が一番知っている。
清い心は何にも負けない。 例え美しい邪心にも。
一難去ってまた一難ぶっちゃけ有り得ない。 本当にそれすぎる。 人生がサイコロの目のように目まぐるしく変わりすぎていて、自分の心がいつか終わりを迎えてしまいそうで怯えている。 1と6をかわりばんこにする人生。 ハイライトと最低な思い出を胸に一喜一憂しながら今日も生きた。
何時からこんなに刹那主義になったのだろうか。 突き刺す人の目が獣のように感じる。 どんな季節の中にも思い出があって痛い。
全て愛だろうがよ
人から認知されないような立場に良くなるのだけれど、なんなんだろうな。認知されないって透明人間と同じだ。 人と人との間に透明な壁があって、存在は分かっているのに分かられないこの奇妙さ。 まあそちら側に行こうとは思わないのだけれど。 ないものねだり幾つになっても。 まだまだ程遠いよあなたには。
疲れる 今日も今日とてお疲れさん そこの貴方も暖かくしてお眠り
心の友は大人になってからこそ有難みがわかる。
私とは別れられないのに、私とは分かり合えない。 寂しさもお金で買えたらいいのにな。愛はコンビニに売ってるらしいし。 言語化することでこの愛も哀しみも全て偽物になりそうで怖い。 そんなSNSに翻弄されて、人間はどこに行こうというのか。
人を見るか仕事を見るか。 究極の2択に思われがちだけど、結局その人がやる仕事なんか、人を見ればもう分かる話だよね。 人が輝けるものであって欲しいし、人生の暇つぶしなんじゃなくて意味があるものなんだと思いたい。 仕事も生業だが、人生も生業なもんで。