第八話「新しい取り組み -ブランドを立ち上げる-」
サイフクが⾃社ブランドとして⼿がけた「mino」は今年で11年⽬、「226(つつむ)」は5年⽬。
「時代の流れと共にOEMだけでなく⾃社の雑貨ブランドをいつか作りたい」とサイフクでmino・226のブランドマネージャーを務める斉藤 佳奈子さんは考えていた・・・。
そんな斉藤佳奈子さんに、私、佐藤智香子がお話しを伺った。
出会い
「自社ブランドを作りたい」そう思うようになり、そんな時に出会ったのが、中川政七商店の中川淳さん。
中川さんは、産地の⼀番星を作るというコンセプトでブランド育成をされていた⽅。
中川さんと共に、サイフクの技術を使って、ニットでできる⾯⽩そうなアイテムをブレストし市場性や他社ブランドを考慮し、「⾃社の強み」を本当に発揮でき、通⽤するのか検討し、最終的にたどり着いたのが「ポンチョ」。
今の「mino」だった。
ニット屋さんに生まれた幼少期
———斉藤さんは小さい頃どんな生活をされていたんですか?
斉藤佳:もともと今の会社の事務室のある場所は祖父母の家でした。
夜勤の人が寝泊まりもしていました。
おじいちゃんとおばあちゃんと川の字で寝ていた記憶があります。
覚えていないけれど、寝入った私を夜中に仕事を終えた両親が迎えにきてくれ朝は両親と住む自宅で目覚める、そんな日々だったようです。
おじいちゃんは夜「編立(あみたて)」の機械がうまく動いているか見回りに行くんです。その時ついて行ったり、事務室でガスストーブを出してお餅を焼いてもらったり・・・祖父母との楽しかった、思い出があります。
———夜の工場って、子供心にワクワクしそうですよね。
斉藤佳:そうでした。今思えば、工場はフル稼働だったんですよね。
斉藤佳:3階は糸倉庫で、そこでよくかくれんぼをしていたんです。
糸には定位置、いわゆる番地があるのだけど、それを動かして秘密基地を作ったりして怒られたものです(笑)。
大学時代は、パターンも学んだ方がいいのかと思いダブルスクールでファッションの学校に行っていました。
サイフクに入って、最初は営業職でアパレルさんを回っていました。
当時五泉一丸となって、ブランド化を進めようという動きもあったのですが、ニット産地がいいもの作っています、と言っても売れない。
いいものって何?と自問自答の日々でした。
「ブランドってそういう事じゃないんだろうな」と思った。
斉藤佳:流通の出口がある事が大事なんだ、と思っていました。
そこがないまま作ってもうまくいかないんだろうな、と。
当時の私たちは、その辺りが分からなかったので、流通の出口はなんなんだ?どうやって確保するの?って思っていました。
———それはどれくらい前のことですか?
斉藤佳:ブランド立ち上げ2年前の事でした。
———最初の商品ができた時はいかがでした?やっとできたー!って感じでしたか?
斉藤佳:うーん。mino ※ はうちにとっては、とても簡単な商品だったんです。
「できた!やったー!」というよりは、一番シンプルな編み方の天竺で、形も単純な四角くて・・・編み地も特別難しいことをしているわけではないので、これでいいのかな?と思ったくらいでした。
———確かに!私も「卵焼き」のレシピを書いてって言われたら逆に戸惑ってしまうから、なんとなくその感覚理解できます(笑)。
斉藤佳:ですよね。
でも、展示会では反応がよかったです。売れ行きも最初から売り場設計をしていたのでスムーズと言えばスムーズでした。
———10年経ってminoはいろんな色や素材が増えてシーズン毎にファンも獲得して行ったのですが、ここでまた新しい挑戦をされるんですよね。
斎藤佳:そうなんです。minoだけではニットの面白さや奥深さが伝えにくい、着るものだけはなく、色々できるブランドもやってみたい。
そこで「226(つつむ)」というブランドを2019年に立ち上げることになりました。包括的になんでも包む、という意味合いをこめて、ニットの可能性を探る日々となりました。
続きは第九話へ・・・。