「まぁるい日本 国家安全保障(ビジョン2100)」No6~Ⅰ-2:脅威(その2)~
■全般
国益を追求することを阻害し、国の秩序やシステムの機能発揮に影響を与える要因には、どのようなものがあるか。
危機管理は、通常のルールを超えた事態を予想すること、つまり「考えられないことを考える」ことから始まる。
その要因を国内で生じる脅威と国外で生じる脅威に区分した。
国外で生じる脅威が我が国の安全保障に影響を及ぼす事態になるには、何らかの情勢の変化をともなう。
そこで、多分そうなるであろうと予想する蓋然性の高い情勢を基調となる情勢としてあげ、次いで、その情勢が変化して我が国に脅威をもたらすシナリオを考察した。
ここで列挙したシナリオもまた、基調でしかない。
このシナリオに基づいてシミュレーションし、我が国に脅威を与える情勢を分析する。
情勢が変化する際の兆候(何かが起きるときの兆し、前触れとなる事象)、脅威発生の兆候を把握することが、情報収集活動の焦点になる。
兆候を把握したならば、情勢変化の連鎖を断ち切るため、危機の芽を摘み取り、脅威発生を予防する。
国民生活の“日常”を破る事態に備え、対応手段、事前の対策、処置を用意する。事態が発生した際にはできるだけすばやく対処して、新たな法律を作ってでも、国民の安全と自由な社会生活を回復する。
これを実現するためには、情報を収集、分析、評価して、情報に基づいて安全保障政策を決定する意思決定システムと、それを実行するシステムが必要である。
これについては、統治機構の項で述べる。
脅威は、心理的に認識され、絶対的なものではない。
例えば、冷戦時代でも、ソ連の存在を脅威だと考える人もいたし、そうでないと考える人もいた。
また、ソ連という巨大な脅威が崩壊した途端、ソ連が元気なときには問題にされなかった北朝鮮や中国が、脅威として認識されるようになった。ソ連がなくなったというだけで、北朝鮮や中国に大きな変化が見られない段階から、脅威として取り上げられるようになったのである。
脅威認識は、科学技術の進歩や社会生活の変化に影響される。
インターネットの発達によって世界中に張り巡らされた情報通信網は、生活に必要不可欠なものとなったが、今やインターネットに接続しているすべての人々がサイバー攻撃の危険にさらされている。個人の情報が流出するだけではなく、秘密が暴露され、企業の知的財産が侵され、国の安全が脅かされ、国の組織機能が麻痺させられる恐れが出てきた。
交通網の発達による人と物の移動の迅速性は、世界のどこかで発生した感染症がまたたく間に世界中に拡散し、バンデミックを引き起こす危険性を高めた。
脅威の受け取り方は、人や国によって異なる。
例えば、麻薬の流入に関して言えば、中国ではアヘン戦争の記憶があって非常に厳しく取り締まっている。同じく、アメリカでは、国内の治安維持やパナマ運河通行権確保の問題などと絡んでのことではあったが、麻薬の密輸は戦争行為に等しいと断じ、一九八九年にはパナマに約六万人の軍隊を派遣して対処した。
戦争のとらえ方は、時代によって変化する。
九.一一のテロ以降、それまでは犯罪者として取り扱っていたテロリストの取り締まりは、テロの根絶を目的とした戦争に変化した。世界中が協力して“対テロ戦争”をすることに同意した。
それは、国際的なテロ組織とそれを支援する国に対して、世界中の国が一致団結して対処することによって、国際社会全体に及ぼす大きな脅威を排除するという極めて大きな意義があった。
しかし、以前はロシアや中国で抑圧され迫害されていると見なされ、国際的な人道支援を受ける対象となっていた少数民族の活動は、当該政府に敵対するテロリストの活動として取り扱われることになった。
チェチェンや新疆ウイグルやチベットで人権を抑圧されていた人々は突然、外国から人道支援を受ける立場を失って、犯罪者として扱われるようになった。
これにより、犯罪が戦争になり、非人道的な活動が国際的な戦争犯罪人の取り締まりになり、第二次世界大戦後、混乱のなかで拡張された国家の領域に疑義を唱えることがなくなった。
脅威への認識は、常に変化する。
国にとって何を脅威として取り上げなければならないかは、国益と国民意識の変化に照らし合わせて、常に見直さなければならない。
そのような意味も含めて、国内情勢が安全保障に及ぼす影響を列挙した。
国民の意識や政治家の意思決定に影響を与える目に見えぬ脅威として、諜報活動及び謀略をあげた。
これらは平時に、軍事力に頼らず政治目的を直接達成する手段として、あるいは有事に、戦争の勝利達成を確実にする有効な手段として用いられる。
これらの脅威に対して平時から関心を持って封じ込める努力をしなければ、国民の国家意識を希薄化させ、気付かぬうちに闘う気概を失わせ、戦わずして敗戦の憂き目を見ることになる。
サイバー攻撃の真の脅威は、通信情報ネットワーク・インフラに対する直接的な障害よりも、電子的スパイ行為、遠隔操作、偽情報などによって、諜報活動や謀略という目に見えぬ脅威に結びつくことである。
孫子曰く、「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」であり、「故に上兵は謀を伐つ」である。
■脅威
1 兆候のない脅威(国内で生じる脅威)
(1) 自然による脅威
ア 大規模震災
イ 天候気象関連災害
ウ 伝染病などの疾病
(2) 人為的な脅威
ア テロなど(国際秩序に大きな影響を与える)犯罪行為
イ サイバー攻撃
ウ 交通、情報・通信、電力など、社会インフラ関連事故
エ 原子力関連事故
オ 領域警備事案など不法行動
(3) その他の脅威
ア 諜報活動
イ 謀略
2 兆候のある脅威(国外で生じる脅威)
(1) 間接的脅威
ア 日本に大きな影響を与える地域の不安定化、または紛争
(ア) 中東
(イ) インド周辺
(ウ) シーレーン周辺
イ 同地域での特定の国家の軍事的影響力拡大
ウ 地政学的に重要な地域や米国の重大な関心地域の不安定化または紛争
エ 大量破壊兵器の拡散
オ バンデミック
(2) 直接的脅威
ア 東アジアにおける紛争
イ 日本への攻撃
(ア) ミサイル攻撃
(イ) ゲリラ・コマンドゥ攻撃
(ウ) 着上陸侵攻
a 全面侵略
b 限定侵略
■シナリオ
1 国外情勢が安全保障に及ぼす影響
(1) 国際情勢の基調
ア 欧米、特に米国中心の国際秩序は継続
イ 世界経済の発展は継続、特に人口増加率の高い国の経済成長が大
ウ G20諸国の発言力が拡大
エ アジア太平洋~中東地域が世界経済の中心として発展
オ 国際社会の秩序維持のための協調態勢は深化
カ 各国のナショナリズム、特に経済成長とともに新興国のナショナリズムは高揚
キ 紛争の原因は多様化
ク 大量破壊兵器は拡散
ケ 世界恐慌的な金融・経済などの不安定化による国際秩序混乱の恐れ
コ 脅威発生のシナリオ
・経済の不安定化に伴う地域紛争シナリオ
・新興国のナショナリズムの衝突シナリオ
・アメリカの統治能力の喪失、もしくは空白に伴う局地紛争シナリオ
・地域紛争の世界戦争への拡大シナリオ
(2) 米国
ア 基調となる情勢
(ア) 軍事大国、超大国として、国際的地位を維持
(イ) 相対的に国力を緩やかに低下させ、同盟国との協調、協力関係を深化
(ウ) 国際秩序形成のリーダーシップを発揮
(エ) 新興国に応分の役割分担を要求しつつ、国際秩序維持
(オ) 移民による人口増加(二〇五〇年-五億人)
イ 脅威発生のシナリオ
・国内経済などの混乱による国際的な威信の急激な低下シナリオ
・国際紛争などへの軍事介入シナリオ
・国際協力への疎遠化(モンロー主義化、一国主義化、経済混乱など)シナリオ
・日本への国際的な役割の拡大要求シナリオ
・日米同盟解消シナリオ
(3) 中国
ア 基調となる情勢
(ア) 東アジアの地域大国となり、周辺国に軍事的影響力を拡大
(イ) 米国と協調しつつ、国際社会における発言権を拡大
イ 脅威発生のシナリオ
・安定的軍事的発展シナリオ
・上海協力機構の発展(中央アジアへの勢力拡大)シナリオ
・国内の社会的(地域、経済、貧富格差、民族等)混乱シナリオ
・共産党の権力闘争シナリオ
・分裂シナリオ
・周辺国との紛争シナリオ(印度、南シナ海等)
・台湾侵攻シナリオ
・尖閣諸島への侵略等シナリオ
・平和的な台湾統合シナリオ
(4) ロシア
ア 基調となる情勢
(ア) 人口増加率の低下に悩み、「モスクワ圏主+極東圏従」の地域大国化
(イ) 軍事力依存体質は変わらず、特に、核戦力は維持
(ウ) 周辺国と協調主義的に行動し、緩やかに発展
イ 脅威発生のシナリオ
・「モスクワ圏主+極東圏従」発展シナリオ
・旧ロシア圏の再統合シナリオ
・極東圏の発展シナリオ
・モスクワ圏への衰退シナリオ
・モスクワ圏での混乱シナリオ
・モスクワ圏の東欧(ベラルーシ、ウクライナ)への拡大シナリオ
・中央アジアでの地域紛争シナリオ
・経済成長に伴う軍事大国化シナリオ
・北朝鮮との軍事協力強化(軍事同盟化)シナリオ
(5) 朝鮮半島
ア 基調となる情勢
(ア) 北朝鮮は核を保有
(イ) 北朝鮮は孤立的政策を継続
(ウ) 米軍は韓国に駐留を継続
(エ) 韓国は自由主義国の一員として安定成長
(オ) 韓国は経済的に日本との繋がりを強化
(カ) 韓国と北朝鮮の親密化が進展
(キ) 韓国は、日本を仮想敵国として、防衛力を強化
イ 脅威発生のシナリオ
・北朝鮮の崩壊シナリオ
・北朝鮮とロシアの同盟化シナリオ
・北朝鮮の南進シナリオ
・北朝鮮のテロシナリオ
・北朝鮮の市場主義経済取り入れシナリオ
・韓国の北進シナリオ
・米韓離反(米国撤退)、韓中接近シナリオ
・韓国国内の政治的・社会的・経済的混乱シナリオ
・半島統一シナリオ
・韓国の経済崩壊シナリオ
(6) インド
ア 基調となる情勢
(ア) 人口増加に伴う経済成長の継続
(イ) 核保有を継続し、軍事力増強による地域大国化
(ウ) 周辺国との協調的政策の継続
イ 脅威発生のシナリオ
・地域大国化シナリオ
・中印紛争シナリオ
(アルナチャル・プラディッシュ、ジャム・カシミール)
・国内混乱に伴う紛争シナリオ
・印パ同盟シナリオ
・中印協調シナリオ
・印露協調シナリオ
(7) パキスタン
ア 基調となる情勢
(ア) アメリカとイスラム勢力とのバランスを保ち、発展
(イ) 核保有を継続し、地域大国化を指向
イ 脅威発生のシナリオ
・イスラム勢力による国内混乱シナリオ
・反米(親イスラム)傾斜シナリオ
・印パ紛争シナリオ
・中パ紛争シナリオ
・中国との協調シナリオ
(8) EU
ア 基調となる情勢
(ア) 米国と国際秩序を形成する主要な役割を担任
(イ) 地域大国として安定的に経済成長
(ウ) アフリカ、中東等には一定の影響力を保持
イ 脅威発生のシナリオ
・ドイツの台頭による不安定化シナリオ
・分裂(東欧、イスラム圏、経済混乱国)シナリオ
・東欧圏の混乱シナリオ
・移民などによる域内混乱シナリオ
・経済問題などに起因する分裂シナリオ
・旧ローマ帝国圏への軍事介入シナリオ
2 国内情勢が安全保障に及ぼす影響
(1) 産業、金融・経済、人的交流、情報及びサイバー空間の国際化
→ 国内の問題の国際的影響が迅速かつ拡大
→ 国外の問題が国内に及ぼす影響が迅速化
→ 金融・経済の不安定化(ショック、恐慌)
→ 財政破綻
→ 資源・エネルギー・食料などの供給の不安定化~停止
→ 米国等価値観を同じくする国家との国益の競合、意見の対立
→ 企業及び経済活動の国際化
→ 法律、慣行などの国際標準化圧力増大
→ 国家意識の希薄化
→ 麻薬、不法入国、不法滞在者の増加による社会の不安定化
→ 知的財産の侵害
→ サイバー戦争
(2) 価値観の多様化
→ 合意形成の困難性増大
→ 世論の多様化
→ 政治的な(政党間の)まとまりが困難
→ ポピュリズム的な政治的変動が増大
→ 外国からの謀略的干渉、情報操作などが容易化
→ 政治的リーダーシップへの期待、重要性増大
→ 天皇家に対する尊敬の念の希薄化
→ 倫理観や道徳的規範の喪失
→ 国民(公を重んじる)精神の退廃
→ 国家意識の喪失
(3) 安全・安心への関心の高揚
→ より低レベルの事案に対する関心が拡大
→ 安全・安心に関する関心の対象が拡散
→ より低レベルの事案への国家介入への期待増大
→ 国家の安定よりも生活の安定を重視する傾向の増大
→ 諸外国の国際的な関心と、国民の国内的な関心とのギャップの拡大
→ ボランティア、NPO等の活動が活発化
(4) 少子高齢化
※人口推移予測
五〇年後の日本の人口
△三八〇〇万人
(約三分の一減)
九〇〇〇万人
生産者人口(一五~六四歳)
△三九〇〇万人
四六〇〇万人
六五歳以上の人口
三六〇〇万人
→ 経済の停滞
→ 企業などの海外移転と生産技術の流出
→ 企業の外国人採用の増大
→ 女性の社会進出増大
→ 移民などの受け入れ
→ 地域社会の崩壊
(5) 脅威発生のシナリオ
ア 自然による脅威シナリオ
大規模震災シナリオ
天候気象関連災害シナリオ
バンデミック・シナリオ
イ 人為的な脅威シナリオ
テロ等犯罪行為シナリオ
サイバー攻撃シナリオ
社会インフラ関連事故シナリオ
原子力関連事故シナリオ
領域警備事案など不法行動シナリオ
ウ その他のシナリオ
政治的混乱シナリオ
政府首脳の事故シナリオ
経済的、社会的混乱シナリオ
資源、エネルギー、食料等危機シナリオ
国際化、外国人の社会進出による伝統的秩序の混乱シナリオ
金融危機シナリオ
多国籍軍への参加要請シナリオ
諜報活動シナリオ
謀略シナリオ
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