みんな純粋なんだ

〜タケルくんの最期の気持ち
さっきまであれだけ苦しかったに、急に息をするのが楽になってきた。なんだかねむたくなってきちゃった。お母さんの友だちだというサトシおにいちゃんの鬼のような顔がうっすら見える。ああ、僕はこのサトシおにいちゃんによく殴られたなあ。火のついたタバコを手に当たられたこともあったし、寒い日にパンツだけでベランダに出されてホースで水をかけられたりもした。プロレスだと言って投げられたこともあった。ご飯ぬきにされるなんてしょっちゅうだった。シツケだという理由でほんとうにいろんなひどいことをされた。僕はサトシおにいちゃんが嫌いだ。なんでお母さんはこんな人をうちに連れて来たんだろう。
でも、サトシおにいちゃんが僕にひどいことをするとき、お母さんはいつも別の部屋にいた。お母さんがいっしょになって僕をいじめなかったのは、お母さんが僕のことをかわいそうだと思ってくれていたんだと思う。それだけは僕はほんとうに嬉しい。ああ、ねむたい。もうねよう。お母さん、またふたりでスーパーに買いものに行こうよ…… そのときは、ミートボールを買ってね…… お母さん…… おやすみなさい…… だいすきだよ……

〜お母さんの知り合いのサトシおにいさんの言い分
タケルを見ていると無性に腹が立った。何が俺を苛つかせるって、タケルの笑い方だ。口では、「サトシおにいちゃん、ありがとう」と言ってるくせに目が怯えている。あいつは口で言ってることと腹の中が違う。ガキのくせにそういうズルさがある。そんなガキはロクな大人にならない。シツケないといけないと思った。そういう悪いところは治さないといけない。ガキというのは犬や猫と同じで、言葉で言ったってわからない。痛みで言うことをきかせる、痛みで教えるしかない。だから殴った。殴っても殴ってもあいつは笑おうとした。全然反省しない。俺を恐れていない。言うことをきく気なんてさらさらないんだ。もっともっときつくシツケないといけないと思った。俺もそうやって育ってきたんだ。そうやって今まともな大人になれているんだから。シツケに少し行き過ぎがあった、そこは認める。ただこれだけは納得できない。俺がしたのは虐待じゃない。シツケだ。俺もそうやってシツケられてきたのだから……

〜タケルくんのお母さんの言い分と気持ち
サトシはカッなるとみさかいなくなるところがある。そこは嫌だったけど、私にはあまり暴力も振るわないし、基本、優しかった。タケルも素直にサトシの言うことをきいておけばこんなことにはならなかったんだよ。もちろんサトシが一番悪い。死ぬまでやる必要なんてなかったんだ…… そんなことより私も一緒になって暴力を振るった、私も同罪だ、なんてことにならないかな。私はタケルに手をあげてはいない。全てサトシがやったこと。サトシの怒った顔も見たくなかったし、笑ってたかと思うと急に泣き出したりするタケルの態度も苛つくし、そういうめんどくさいことに関わりたくなくて、サトシがキレはじめると私は隣の部屋でスマホをいじってただけだ…… これから裁判だ、なんだって。ほんとめんどくさい。弁護士は髪を染めろ、爪を切れとうるさいし、裁判所に着ていく服とかも陰キャかよと思うようなものばかり指示してくるし。新しいの買わなきゃいけないじゃん。金かかるじゃん。もう、サトシがこんなことするからだよ。バカかよ、あいつ。やっぱりあいつはバカだな。まあ、これであいつとは終わりだな。とはいえ、タケルももっとうまくやれなかったのかよ。もうほんと早く裁判終わらないかな。飲みにもいけないじゃん。私ももう少しで三〇歳だよ。そうしたらもうババアだよ。早いうちにもっといい男見つけなきゃ。しかし、タケルって前の旦那に似て、どこか人を苛つかせるところがあったなあ…… ああ、なんもかんもがめんどくさいことになっちゃった。もう、とにかく早く裁判終わんないかな…… 早く飲みに行きたいなあ…… 

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