ショートショート【絶対に正しい信仰である自信】

私は国家の転覆を企てたという罪で刑務所に入れられていた。この国では目に見えない神や仏の存在は政治的指導者によって否定されている。
信教の自由は憲法で認められているのだが、それは対外的に体裁を整えているだけだ。国が認めた宗教以外を信じることは基本的に禁じられている。
国が認めた宗教は現世利益を肯定し、死後の世界を否定する。何より国への忠誠を強制する。
私は国が認めない、ある一神教を信じていた。

この刑務所に入れられた者は基本的に死ぬまで拷問を受け続けるのだ。ただし生きて出られる方法が一つだけあった。
信仰を捨てることだ。そうすれば無罪放免となる。

「信仰を捨てますと、この書類にサインしろ。それだけでお前はこの苦痛から解放されて自由になれるのだ」
刑務官の提案に私は答える。
「全ては神の御意ままに」
刑務官は苦々しい顔をして私の後ろに控えている男二人に目で合図をする。拷問の始まりだ。殴る蹴るは序の口で、爪の間に針を刺す、焼けた棒を押し当てる、電気ショックを与える、肛門に電撃棒を突っ込む、様々な部位の皮膚を一ミリ四方程度ずつ切り取る等々、様々な拷問が繰り返し、繰り返し加えられた。

しかし、どれだけ痛めつけられても私の信仰心は揺るがなかった。なぜなら死をもってしても揺るがない信仰心こそが天国に入る条件だと信じていたからだ。
ただ当然ながら拷問の苦痛は想像を絶した耐え難いものではある。私は死ぬことを心底望んだ。死ねば痛みから解放され天国に入れるのだから。

待ち望んだ日がついてにやってきた。その日の拷問は電気ショックだった。いつもなら意識を失わない程度の通電が繰り返されるのだが、その日は新人の刑務官だったようで通電一発目から今までにない痛みが脳天を貫いたと同時に、私は意識を失った。実はその一発の通電で私の心臓は止まっていたようだ。

意識を失った私がなぜ自身の心肺停止を認識できたのか? 
意識を失い倒れている自分自身を、私は上から眺めていたのだ。さっきまで身体に感じていたはずの痛みが無い。肉体から離脱している。
「おい、寝たふりをしても無駄だぞ。起きろ!」いつもの刑務官が動かなくなった私の腹を蹴り飛ばす。私の身体はピクリとも動かない。
「おい、新人、お前、どの程度の通電を加えたんだ?」
後ろに控えていたもう一人の男が私の脈をとり、心臓の鼓動を確認した後、「心肺停止状態です」と刑務官に伝えた。
「殺さない程度に苦痛を与え続けるのが俺たちの仕事だと言っただろうが!」
刑務官は新人にそう言うと私の死体を運び出し死体遺棄用の穴に放り込んでおくように命じて部屋を出た。
新人ともう一人の男が私の死体の手足を持ち、部屋の外に持ち出し扉を閉めた。その瞬間、上から見ていた私の意識が途絶えた。

どのくらい経ったのかはわからない。長かったような気もするし、あっという間だったようでもある。私は焼けるような熱さに目をさました。
私の目の前に炎が見えた。その炎は私を中心として半径1メートルほどの円形に私を取り囲んでおり、炎の高さは立膝になっていた私が見上げるほどだった。焼けるような熱さではなく私の肉は実際焼けていたのだ。

「ぐぅあぁぁ、また新たな拷問だな」私は死ねなかったようだ。なぜならここは天国ではないからだ。私はどんなに拷問されても信仰心を捨てなかったのだ。死んだ後は天国に行くはずだ。神はまだ私に試練を与えようとされているようだ。耐えてみせる。必ず天国に行くのだ。

炎の先に数人の人影が見えた。いや人ではないかもしれない。頭に角のようなものが生えているのが見える。奴らが話している声が聞こえてきた。

「こいつはダメだ。自分の信仰が間違っていたと思えないタイプだな」
「この手の奴は一神教の信者に多いな」
「もうすでに死んじまって地獄にいるのに自分が死んだことも認められないんだ」
「自分は天国に行けると信じて疑わないからな」
「こういう輩がたまにやってくるけど、いくら改心を促してもまったく聞く耳を持たないからなあ」
「まったく、信仰ってのは恐ろしいもんだな」

こいつらは私の信仰心を奪おうとする悪魔に違いない。私は絶対に負けない。
「神よ、どうか信じ切る力をお与えください。どうか私を天国に導いてください」
私の信仰心は揺るがない。例え何年、何十年、何百年とこの炎に焼かれ続けようとも、私は神を裏切らない。
肉の焼ける熱さに耐えながら私は神に祈り続けるのだった。

ー 終わり ー

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