成熟社会の豊かさとは?
なぜ皆がSNSにハマるのか、といったら、SNSで面白いことを得られるから、ということもありますが、「何かを発信すること」にハマっているのです。何かを発信して、たとえば「いいね」のフィードバックが返ってくると嬉しくなります。それでまた何か発信しようと、そのループにハマるのです。
そんなインプットだけでなくアウトプットする面白さがSNSなわけですが、「豊かさ」というのも貰うだけではなくて、人は誰かに何かをあげたい、手助けしたい、という願望もあるのではないでしょうか。もちろんあげるだけではなく、貰うこととのバランスが大事なような気がします。
コミュニティに所属していると人は、コミュニティから何か得るだけでなく、コミュニティのために何かしたいと思うものです。その得られるものと与えるものとがうまくバランスしていると良いのではないでしょうか?
たとえば何か自分が面白いことがあったとして、その面白いことを自分だけでなく友達にもシェアしたらその友達も面白いだろう、と思ったとしましょう。それは自分もさることながら、友達もウィンなわけで、自分ももちろん面白いから「ウィンウィン」です。このウィンウィンという関係があるものがコミュニティなのではないでしょうか?また先のように「貰う」だけでなく「与えたい」という願望も、一人よりコミュニティという集団に属していた方が、ウィンウィンの関係や与えることと貰うことのバランスということからも、結果として得なのでしょう。いや、むしろ「誰かの役に立つ」ということや、「誰かに何かをあげる、与える」ということのほうが重要なのではないかと思います。誰かの役に立つとか、与えることがその人の充実感や生きがいにつながっているのではないでしょうか?
現代社会では、ひと昔までの日本が団結しているような社会ではなくなりました。そして成熟社会では、一人一人の価値観やライフスタイル、目標や生き方など千差万別、さまざまになってきましたが、何かコミュニティの意識が薄れたのか、みんなバラバラという、ちょっと寂しい感じもします。そこで重要になってくるのはやはり、自分が何か得たい、というよりもむしろ誰かの役に立ったり、何かを提供したりしたいということではないでしょうか?もちろんボランティアで無償で、ということだけではないかもしれないでしょうけども、基本的にそのようなことは思っているのではないでしょうか。
つまり冒頭に述べたように、単に何かを得たいということだけでなくて、誰かに何かを与えたい、役に立ちたいというバランスが重要なのではないでしょうか。
とするならば、株で一発儲けようだとか、そんなことは置いておいて、まずは誰かに何かを提供してみる、いやもっと気楽に何か面白いことがあったら誰かとシェアしてみる、というくらいのことで良いからまずは軽い気持ちでGiveしてみたらいいのではないでしょうか。
藤原和博さんの著書『35歳の教科書』(ちくま文庫)を以前読ませていただいたのですが、成熟社会には成熟社会の、考え方というものがあると書かれていました。
「アール・ド・ヴィーヴィル」というものらしいのですが、成熟社会を生きるフランス人の生活信条で自分らしい豊かな生き方、暮らしの美学だそうで、例として、その箇所を引用いたしますと、
「それはたとえば人に道を譲りながら、服装や髪型を褒めることかもしれません。料理のためにテーブルクロスを選ぶようなことであり、パートナーのためにとっておきのワインを抜く瞬間だったり、電車を一本遅らせて次の電車に座っていくことだと語る人もいる。」
ということだそうです。
それは誰かと会うときに、より楽しくなる工夫というようなことですが、何かちょっとした楽しくなるような、楽しめるようなアイデアだとか仕組みだとか、そんなものがあると面白いしウィンウィンだな、なんて思いました。