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電気刺激って運動学習にどんな影響があるの?感覚へ働きかける電気の可能性
どうも、サギョウ先生です!
今回は、タイトルにあるように、電気刺激と運動学習の関係性について神経生理学的なメカニズムの視点から勉強しようと思いました!
電気刺激療法は筋力強化や鎮痛、痙縮には効果的とされていますが、リハビリにおいて超重要な運動学習には本当に影響があるのでしょうか?
神経生理学的なメカニズムを論文レビューを通してわかりやすく解説していきますので、ぜひ最後まで見ていってください!
てことで、今回は「Somatosensory electrical stimulation improves skill acquisition, consolidation, and transfer by increasing sensorimotor activity and connectivity.」で得られた情報とこれまでの僕の知識を織り交ぜながらサギョウ先生解釈で書いていこうと思います‼️
ちなみにFREE記事なので以下⬇️から読むことができますよ😆
本題に入る前に、僕の思いを聞いてください🙇♂️
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僕は作業療法が大好きでして、特に対象者の「ひととなり(ナラティブ)」を意識して、心から身体を変えていくという点が好きです!
一方で、臨床や学校教育の中で、ナラティブに目が行きすぎてしまい、メカニズムやエビデンスに弱い部分も感じていました、、、
そこで、作業療法士がナラティブだけでなく、科学的なメカニズムやエビデンスを身につけるための一助となるように情報発信を始めました!
「自分の介入に自信がない」「他職種の話についていけない」「患者さんに説明できない」と感じてる作業療法士はぜひ僕と一緒に勉強しませんか🦍🔥
では、さっそく本題にいきましょ〜う!
⚠️注意⚠️
今回の内容は、あくまでもサギョウ先生解釈ですので、分かりやすさやリハビリに役立つアイデアになるように心がけています。その為、紹介論文の内容と異なってしまう場合があります。
必ず一次情報を確認してから、今回の知識を役立ててください。
医学的な正しさを保証するものではございませんので予めご理解ください。
概要
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昨今、脳卒中後の運動機能回復において注目を集め、脳卒中治療ガイドライン2021でも推奨されている「電気刺激療法」。
なかでも、ガイドライン上では随意運動の促進、痙縮、歩行障害などに対しての報告はされていますが、運動学習においては効果があるのでしょうか?
この記事では、特に感覚入力を主とした「体性感覚電気刺激(SES)」を中心に、その神経生理学的メカニズムについて解説していきます。
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電気刺激療法は、筋力増強、痛みの軽減、感覚機能の改善など、様々な効果が期待できます。
電気刺激療法の概要は以下をご覧ください↓
FESやNMESの様な運動閾値での刺激にて、皮質脊髄路の興奮性の促進や筋線維の強化を目的とした電気刺激療法が主流な中、近年は末梢神経電気刺激(PNS)の様な感覚閾値程度の強度の刺激を長時間末梢神経に与える電気刺激療法の効果も報告されています。
例えばこんな報告です↓
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今回紹介するSESは、PNSの一種であり、より具体的な刺激方法を指す用語として使用されています。
この記事を読んで、明日からの臨床に役立てていきましょう!
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
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僕は軽度運動障害の方にはよく感覚閾値での電気刺激を行いながら課題指向型練習を行うことが多いのですが、その理由は、運動感覚興奮連関に代表されるような主にS1/M1の賦活や、それに伴う皮質脊髄路の興奮性の増大を促せるからでした。
ただ、電気刺激を行うことで、運動学習がスムーズにいくケースは少なくなく、これは課題指向型練習の効果なのか?それとも電気刺激の効果なのか?が曖昧でした。
もちろんどちらの可能性もありますが、課題指向型練習はそもそも運動学習理論に基づいた治療法なので、運動学習を促すことは知っていました。
一方、電気刺激が直接的に運動学習を促進するかどうかは理解できていなかったため、「あっ、絶対知らなきゃいけないやつだ!」と思い、論文検索をしました。
なかなか論文数が多くなかったのですが、ようやくこの神論文に出会うことができたので、この論文をベースに解説していきたいと思います!
ぜひ一緒に内容を確認していきましょう。
この論文の目的
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この論文の目的は、SESが運動スキル学習、定着、および異肢間転移に及ぼす影響を、神経生理学的メカニズムを通じて解明することです!
具体的には、以下の点が主な目的として挙げられます↓
感覚運動機能における感覚入力と運動機能の関連性を調査し、感覚入力の操作が運動パフォーマンスにどう影響するかを明らかにすること
SESが運動パフォーマンスを向上させるメカニズムを解明するため、スキル獲得、定着、異肢間転移の各段階で、脳波(EEG)を用いて神経活動と接続性の変化を詳細に評価する
特に、N30体性感覚誘発電位(SEP)を用いて感覚運動領域の活動を、位相勾配指数(PSI)を用いて脳領域間の接続性を定量的に分析する
PSIは、脳の異なる領域間の信号の位相遅れの依存性を定量化し、接続の方向性も推定できるため、脳活動の動的な側面を捉えることができる
運動学習の異なる段階における神経可塑性の変化を評価し、スキル獲得、定着、異肢間転移(インターリム転移)の各段階で、脳内の神経活動や接続性がどのように変化するかを明らかにする
運動学習における皮質および皮質下構造の役割を考察し、皮質レベルの活動と接続性変化に加え、皮質下構造が運動学習にどのように関与しているかを検討する
最終的には、この研究で得られた知見を基に、SESを用いた運動学習の促進や、神経疾患患者のリハビリテーションへの応用を目指す
この報告は、SESが運動学習の異なる段階に及ぼす影響を、脳波を用いた神経生理学的指標で詳細に解析した初めての研究でして、運動学習やリハビリテーション分野への応用が期待されますね!
そもそもSES/PNSとは?
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分類としては治療的電気刺激療法(TES)になりまして、感覚閾値程度の電気刺激を一定時間持続して刺激する方法になります。
イメージとしては、TENSとNMESの合いの子みたいな感じです。
TENSの詳細はこちら⬇️
PNSとは?
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PNSの主な目的は、電気刺激による感覚神経への反復的な求心性入力にて中枢神経系(一次体性感覚野:S1、一次運動野:M1、背側運動前野:PMd、補足運動野:SMAなど)を賦活させ、機能的な可塑性を誘導することです。いわゆる運動感覚興奮連関を賦活するということですね。
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PNSは感覚入力により、運動誘発電位(MEP)を増大させることがわかっています。
ちなみにこの理由については、PNSがGABA受容体と関連がある短潜時皮質内抑制(SICI)を低下させるからとされています。言い換えると、PNSを行うことで、M1に存在するGABA作動性ニューロンの活動が抑制され、M1の抑制作用が低下することで、興奮性が増大すると考えられています。
その他、皮質内促通といった促通性ニューロンの増大や、半球間抑制の是正、また、上下肢でそれぞれ刺激した神経の支配筋のMEPが増大していることから、選択的な効果があり、標的とした筋の興奮性を高めることが示唆されています。
個人的には、上肢はより局所的な効果になるのではないかなと推測しています。
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もう少し詳しく解説↓
S1に入った感覚情報は、高次感覚野でさらに統合・解析され、「身体のどの部分がどのように動いているか」「外界でどのようなことが起きているか」といった意味づけや空間情報の処理が行われる。
↓
統合・解析された感覚情報は、高次運動野(SMA、PMCなど)に伝わり、これらの領域では「どのタイミングで、どの筋肉をどれくらい使って動作を起こすか」といった運動のプランニングが進められる。
↓
運動プランが立てられると、最終的にはM1に指令が送られ、ここから具体的な運動出力が開始される。M1に投射する経路には、感覚情報がフィードバックとして常に入り込み、正確な運動指令が生成されるように働いている。(運動制御の記事をご覧ください)
※S1からも皮質脊髄路が起始しているのも要因かと思います。
運動制御の記事はこちら↓
皮質脊髄路が起始する皮質領域についてはこちら↓
NMESやFESと比較した利点としては以下の内容が挙げられます。
筋疲労が生じないため、1〜2時間といった長時間の刺激が可能
刺激強度が少ないため、痛みに過敏な方への利用も可能
関節運動が起きないため、運動療法やADL練習との相性◎
本文でのSESとは?
ちなみに、SESについては、本文では以下のように述べています。
目的
「皮膚および筋肉の求心性線維を刺激することにより、感覚入力を増強し、運動機能の向上を目指す」
特徴
刺激強度:運動閾値以下の刺激強度を使用することで、感覚神経を選択的に刺激することを目指しています。
パルス派:連続的な刺激ではなく、パルス派を用いることで、生理的な刺激に近い状態を作り出し、持続的な変化を誘導する可能性を高めています。
刺激部位:標的となる神経を覆うように皮膚に電極を貼付します。上肢の場合は、 正中神経や尺骨神経、橈骨神経を標的にすることが多いです。
ここまでの目的や利点を活かせる対象者がいる場合には、選択肢の一つとして覚えておいてもいいかもしれませんね。
研究方法
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まずは概要として、上図を確認してください。
対象者情報
健康な若年成人24名(男女各12名)
平均年齢で約21歳です(SES群: 21.3歳、対照群: 20.7歳)
利き手は右利き(エジンバラ利き手調査を用いて確認)
神経学的および体性感覚の障害がない
神経系に影響を与える薬物を服用していない
グループ分け
参加者は、SES群(n=12)と対照群(n=12)に無作為に割り当てられています。
最大随意収縮(本論文では握力)は、SES群と対照群でそれぞれ平均37kgと34kgで、両群間で大きな差はありませんでした。
運動閾値は、SES群の方が対照群よりも有意に高かったそうですが、電気刺激に対する反応の閾値であり、一般的な身体機能のレベルを示すものではないので大きな影響にはならないとしています。
参加者の身長と体重も測定されており、両群間で大きな差はありませんでした。
つまり、両群には大きなさはなかったので、フラットに結果を解釈できるということです!
SESの設定
SESは以下のような設定で実施しました。
電気治療器
Digitimer社製のDS7Aモデルの定電流刺激装置
電極の貼付位置
直径25mm、10.6mmのスナップオンメタルコア付きの表面電極を2つ使用
右肘関節の約3cm近位に配置
1つは上腕二頭筋と上腕動脈の間の正中神経上も配置
もう1つは上腕二頭筋と上腕三頭筋の間の橈骨神経上に配置
これにより、正中神経と橈骨神経を同時に刺激した
パラメータ
電流波形
方形波パルス
パルス幅
1ms(1000μs)
周波数
10Hz
刺激頻度
5パルスずつ、毎秒1回送信することにより、500msのトレインと50%のデューティサイクルを実現
刺激強度
運動閾値の直下に設定
橈側手根屈筋に目に見える収縮を引き起こす最小強度として個別に決定された
実験では、平均で9.2 ± 2.5mAの刺激強度が使用された
刺激時間
20分間
その他の設定
脳波(EEG)の設定
ANT neuro社のwaveguardキャップが使用され、64チャンネルの脳波を記録
国際10-20法に基づいて頭皮に配置
脳波データは、2048 Hzでサンプリング
水平および垂直の眼電図(EOG)電極と両側の乳様突起にも電極が配置され、アーチファクト除去と再参照のために使用された
脳波記録のインピーダンスは、すべての電極で10kΩ以下に維持
体性感覚誘発電位(SEP)の設定
SEPを誘発するための電極は、SES用とは異なる位置に配置
電極は、右手首の約3cm近位、長母指屈筋と掌長筋の腱の間に配置し、正中神経を刺激
主に感覚神経線維を刺激するために使用
1msのパルス幅の方形波を使用
1.8Hzで500回刺激
刺激強度は、運動閾値より0.1mA低い強度
運動閾値は、親指の屈曲を引き起こす最小強度として決定
対照群の設定
電気刺激の代わりに、電気パルスの視覚表示が20分間行われた
ケーブルは刺激装置から外されており、実際には電気刺激は非実施
プロトコル
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実験は2日間に渡って行われました。
研究の流れ(上図A)
参加者は、まず視覚運動課題と脳波計に慣れます。
↓
右手と左手(ランダム)の運動パフォーマンスと脳波のベースライン測定が行われました。(プレテスト)
↓
参加者は20分間のSESまたは対照介入のいずれかを受けました。(本番)
↓
介入直後に、再度ベースライン測定を行い、即時効果を調べました。(ポストテスト)
↓
24時間後にも、再度ベースライン測定を行い、記憶定着効果を調べました。
補足ですが、2日目には、参加者は睡眠の質と量を評価するためのピッツバーグ睡眠質問票にも回答しました。
運動課題の内容(上図B)
参加者は、コンピュータモニターの前に座り、パッド入りのマニピュランダムを使って、手首の屈曲と伸展運動を行いました(上図B参照)。
モニターには、複雑な正弦波テンプレートが白い視覚的な軌跡として表示され、参加者はこの軌跡をカーソルで正確に追跡するよう指示されました。
左右の手でそれぞれ、4〜6秒の長さの12種類のユニークなテンプレートを追跡しました。
テンプレートの速度は3.3〜4.0cm/秒で固定されており、参加者はカーソルの垂直方向の動きのみを操作しました。
この課題は、単一の手での実行であり、両手での協調運動ではないので注意してくださいね。
運動練習の具体的な詳細
反復回数
各手につき、12種類のテンプレートをそれぞれ1回ずつ、合計12回の試行を行いました。
時間
各試行の長さは4〜6秒で、各手の運動パフォーマンスの測定には、約1分間(12試行 x 平均5秒)を要しました。
頻度
ベースライン測定は、介入前(Day1 プレテスト)、介入直後(Day1 ポストテスト)、および24時間後(Day2 保持)の計3回行われました。
各測定では、左右の手でそれぞれ12回の試行を行いました。
アウトカム
データ分析方法
この研究では、運動パフォーマンスと脳波データという2種類のデータを収集し、それぞれ異なる方法で分析しています。
・運動パフォーマンスの分析
追跡精度を評価するため、事前にプログラムされたテンプレートと、参加者の実際のカーソル移動との間の垂直方向の平均絶対偏差を算出しています。
この偏差は、各テンプレートごとに計算され、12回の試行を平均して、各参加者の運動パフォーマンスの推定値を得ました。
運動パフォーマンスは、介入前、介入直後、介入24時間後の3時点で評価され、グループ間および時間経過に伴う変化が分析されました。
・脳波データ(EEG)の分析
前処理
脳波データは、まず50Hzのラインノイズを除去し、独立成分分析(ICA)眼球運動アーチファクトや単一チャンネルのノイズを除去しました。これにより、ノイズを減らし、脳活動の信号をより正確に捉えることを目指しました。
安静時脳波データ
皮質間結合を定量化するために、位相傾斜指数(PSI) を使用しています。PSIは、脳の異なる領域間の位相遅延を測定することで、結合の方向と強さを推定します。PSIは、体積伝導アーチファクトに対してロバストであるため、多層的な統合を評価するのに適しています。PSIは、θ波(1-4 Hz)、α波(8-12 Hz)、低β波(13-19 Hz)、高β波(20-30 Hz)の各周波数帯域で計算されました。
・体性感覚誘発電位(SEP)
N30 SEPの振幅と潜時を評価しています。N30は、感覚運動領域の活動を反映し、運動学習に関連する変化に敏感です。N30振幅は、前頭部(F3電極) で測定されました。
N30とは、、、
感覚刺激に対する脳の反応を反映する脳波の波形であり、特に感覚運動領域の活動を捉えるために利用される。この研究では、SES による運動スキルの獲得を評価する上で、重要な指標として用いられた。N30の振幅の変化は、感覚運動領域の活動の増大を示唆し、運動学習の初期段階であるスキル獲得に密接に関連していることが示唆されている。
アウトカムの評価方法
この研究では、主に以下の3つのアウトカムを評価しました。
・運動スキルの獲得
SESのよる運動パフォーマンスの変化を評価しました。これは、刺激された右手での視覚運動課題の精度の向上として測定されました。また、N30振幅の変化との相関も評価しました。
・運動記憶の定着
介入24時間後の運動パフォーマンスの変化を評価しました。これは、刺激された右手の運動スキルがどれだけ保持されているかを測定しました。PSIの変化との相関も評価しました。
・両手への転移(インターリム転移)
刺激されていない左手の運動パフォーマンスの変化を評価しました。これは、刺激された右手での学習が、反対側の手へどれだけ転移するかを測定しています。
まとめると、
運動パフォーマンスは、(視覚運動課題の)テンプレートからの偏差として定量化された
脳波データは、PSIによる脳領域間の結合とN30による感覚運動活動を評価するために使用された
統計的分析は、グループ間および時間経過に伴う変化を明らかにするために実施された
研究結果
運動パフォーマンスに与える影響
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まずは上図左の表から解説しますね。
表の数値は、事前にプログラムされたテンプレートからの偏差の度合いを「度(degree)」で示しています。数値が小さいほど、運動パフォーマンスが高いことを意味していますよ。
・ベースラインの比較
介入前の時点(Day 1のプレテスト)では、SES群と対照群の間で、右手と左手の運動パフォーマンスに大きな差はないことがわかります。これは、実験開始前に両グループが同程度の運動スキルを持っていたことを示しています。
・右手の変化
Day 1では、両群とも介入前と比較して介入直後(ポストテスト)にはパフォーマンスが向上しています。特に、SES群の方が介入直後の数値がより小さく、パフォーマンスの向上が大きいことが示唆されます。
Day 2では、両群ともDay 1と比較して定着の段階でもパフォーマンスが向上しています。SES群では、Day 2 の値がさらに小さく、より運動スキルが定着していることが示唆されます。
・左手の変化
Day 1では、両群とも介入前と比較して介入直後のパフォーマンスに大きな変化は見られませんでした。
Day 2では、SES群で介入前と比較して運動パフォーマンスの向上が見られます。一方、対照群には大きな変化が見られませんでした。これは、SESによるインターリム転移の可能性を示唆しています。
続いて右図のグラフの解説です。
右図では、表の様な絶対値ではなく、介入前からの変化率(%) が示されており、SESの効果がより明確に示されています。
補足
スキルの獲得率(%)
Day1において、介入前と比較して、運動スキルがどれだけ向上したかをパーセントで示している。運動スキルの初期学習段階を指す。
スキルの定着率(%)
Day2において、介入前と比較して、運動スキルがどれだけ向上したかをパーセントで示してる。運動スキルが時間経過とともにどれだけ記憶として定着したかを指す。
運動パフォーマンスの向上率(%)
グラフの縦軸に表示されており、運動パフォーマンスがどれだけ向上したかをパーセントで表しています。
・刺激された右手
スキルの獲得
SES群では、スキル獲得段階(Day 1)で、対照群と比較して運動パフォーマンスの向上率が有意に高いです(17% vs. 11%)。
スキルの定着
SES群では、スキル定着段階(Day 2)でも、対照群と比較して運動パフォーマンスの向上率が有意に高いです(16% vs. 7%)。
この結果は、SESが運動スキルの獲得と定着の両方を促進することを示唆しています。
・刺激されていない左手
スキルの獲得
Day1のスキル獲得段階では、SES群と対照群の間に有意な差は見られませんでした。
スキルの定着
SES群では、スキル定着段階(Day 2)で、対照群と比較して運動パフォーマンスの向上率が有意に高いです(12% vs. 4%)。
これは、SESが刺激された右手だけでなく、刺激されていない左手の運動スキルにも影響を与え、異肢間転移(インターリム転移)を促進する可能性を示唆しています。
つまり、表・グラフのここまでの結果をまとめると、、、
刺激された右手において、スキル獲得とスキル定着の両方で、SES群は対照群よりも高いパフォーマンスの向上を示した
刺激されていない左手において、スキル定着の段階でSES群は対照群よりも高いパフォーマンスの向上を示しており、異肢間転移が示唆された
運動パフォーマンスの向上は、介入直後よりも24時間後の方が大きい傾向があり、運動記憶の定着には時間がかかることが示唆された
SES群は、対照群と比較して、運動パフォーマンスの向上率が高いことから、SESが運動学習を促進する効果を持つことが分かった
脳の神経結合と運動パフォーマンスの関連
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上図はSES が脳の神経結合に与える影響と、それが運動パフォーマンスとどのように関連しているかを、PSI を用いて分析した結果を示したものです。
PSI(位相傾斜指数)ってなに?
PSIは、脳の異なる領域間の神経結合の方向性と強度を推定するために用いられる指標。
神経活動の同期
PSIは、異なる脳領域における神経活動の間の位相のずれを測定する。位相のずれは、神経活動がどの程度同期しているかを示し、領域間の情報伝達を反映すると考えられてる。
結合の方向性
PSIは、単に同期の強さだけでなく、どちらの領域からどちらの領域へ情報が流れているかという結合の方向性も推定できる。これは、位相のずれが周波数によってどのように変化するかを分析することで可能になる。
有効結合
PSIは、脳領域間の実際の因果関係、つまり有効結合を推定するのに適している。これは、PSIがコヒーレンスの虚数部に基づいているため、体積伝導(volume conduction) によるアーチファクトの影響を受けにくいという特徴によるもの。
※体積伝導=脳内の電気的活動が頭皮上で広範囲に記録される現象であり、脳領域間の見かけ上の結合を引き起こす可能性がある。
周波数帯域
PSIは、特定の周波数帯域における神経活動の同期を分析する。異なる周波数帯域は異なる脳機能と関連しているため、PSIは特定の認知機能や運動制御に関与する神経結合を特定するのに役立ちます。本研究では、特にベータ帯域(13-30Hz) のPSIが、運動学習と関連していることが示された。
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①から分かること
刺激された右手におけるスキル獲得(Day 1:左図) とスキル定着(Day 2:右図) に関連するPSIの変化と運動パフォーマンスの変化の相関を示しています。
Day1のスキル獲得の段階では、PSIの変化と右手の運動パフォーマンスの変化との間には、有意な相関が見られませんでした。(左図)
Day2のスキル定着の段階では、左脳の一次体性感覚野(S1) と一次運動野(M1) の間のPSIの増加が、右手の運動パフォーマンスの向上と相関していることが示されています。この相関は、運動スキルの定着が脳の特定の領域間の接続の強化と関連していることを示唆しています。
また、左脳の頭頂葉(PPC) とM1 の間のPSIの増加も、右手の運動パフォーマンスの向上と相関していることが示されています。
②から分かること
Day1のスキル獲得とDay2のスキル定着 のどちらの段階においても、PSIの変化と左手の運動パフォーマンスの変化との間には、有意な相関が見られませんでした。
この結果は、異肢間転移が皮質レベルの結合の変化ではなく、他のメカニズムによって媒介されている可能性を示唆します。
③から分かること
左S1から左M1へのPSIの変化と、刺激された右手のスキル定着との間の正の相関を示しています(ρ = 0.786, P < 0.05)。
④から分かること
左PPCから左M1へのPSIの変化と、刺激された右手のスキル定着との間の正の相関を示しています(ρ = 0.833, P < 0.05)。
つまり、これらの結果から以下のことが分かりました!
運動スキルの定着は、脳の特定の領域間(特に、左S1から左M1、左PPCから左M1)の神経結合の強化と関連があることが示唆される
①の矢印は、PSIの方向性を示しており、感覚情報が後方領域から運動野へと伝達されることが示唆される
刺激されていない左手の運動パフォーマンスの向上は、皮質レベルの結合変化(PSI) とは相関が見られなかったことから、異肢間転移は皮質下構造(視床や線条体など)が関与している可能性が示唆される
脳の感覚運動活動に与える影響
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上図は、SESが脳の感覚運動活動に与える影響をN30体性感覚誘発電位を用いて評価したものです。
①から分かること
代表的な参加者におけるN30 SEPの波形を、SESの実施前、Day1の刺激後、Day2で比較したものです。N30は、体性感覚刺激に対する脳の反応を示す電気生理学的指標です。Day1の刺激後にN30の振幅が増加していることがわかります。 Day2の波形は、Day1の刺激後に比べて振幅が小さくなっています。
②から分かること
SES群とコントロール群のN30振幅の平均値をDay1とDay2で比較したものです。Day1には、SES群でN30振幅が有意に増加しているのに対し、コントロール群ではほとんど変化が見られません。Day2には、両群間で有意な差は見られません。
③から分かること
Day1におけるN30振幅の増加率と運動スキルの習得率の相関関係を示しています。N30振幅の増加とスキル習得との間に正の相関が見られます (ρ = 0.47, P < 0.05)。
つまり、これらの結果から以下のことが分かりました!
SESによって、Day1にN30振幅が有意に増加した。これは、SESが感覚運動領域の活動を増強することを示唆する
Day1のN30振幅の増加は、運動スキルの習得と正の相関があった。これは、感覚運動活動の増強が、スキル習得を促進するメカニズムの一部であることを示唆する
Day2にはN30振幅の有意な変化が見られなかったことは、スキル習得とスキル定着の段階で脳活動のパターンが変化することを示唆している
この研究では、スキル定着は、N30振幅ではなく、大脳皮質領域間の結合の変化(PSI)と関連していることが示されている
結果のまとめ
最後にここまでの結果をまとめていきます!
この研究の目的は「SESが運動スキル学習、定着、および異肢間転移に及ぼす影響を、神経生理学的メカニズムを通じて解明する」でしたね!
運動スキル学習
SESは、感覚運動領域の活動を増強し、N30振幅を増加させます。このN30の増加は、複雑な運動スキルの習得に関与すると考えられています。
SESによって、感覚情報が運動野へ伝達される経路の活動が増強され、初期のスキル習得が促進されると考えられます。
運動スキルの定着
スキルの定着は、脳領域間の結合、特に後方に位置するS1やPPCからM1への情報伝達の強化と関連しています。
PSIの増加は、感覚および統合領域からの情報がM1に流れ込み、運動制御を向上させることを示唆しています。
この結合の強化は、20分間のSESの後には現れず、時間経過とともに徐々に強化されると考えられます。
異肢間転移(インターリム転移)
運動パフォーマンスとしては異肢間転移を認めましたが、皮質レベルでの神経可塑性の変化とは相関せず、皮質下構造、特に視床や線条体の関与が示唆されます。
視床は、感覚情報を中継し、小脳からの予測を受け取り、補足運動野へと投射するため、異肢間転移のメカニズムにおいて重要な役割を果たす可能性があります。
しかし、今回の研究では皮質が対象であるため、SESが皮質下構造にどのように作用するかは、更なる研究が必要です。
神経可塑性
SESによって誘発される神経可塑性は、能動的な運動練習後の神経可塑性と類似していると考えられます。
SESは、シナプス結合を強化し、運動パフォーマンスを向上させることが示唆されています。
SESは、運動学習における感覚入力の重要性を示しています。
この様に、今回の研究結果からSESが運動学習に及ぼす影響がわかりました。
ただ、この論文だけで解釈してしまうと、飛躍した推論となってしまいますので、この論文の限界も理解しておきましょう。
この論文の限界
この論文では、SESが運動学習に与える影響について、詳細に解説していますが、いくつかの限界点も指摘されています。
研究の限界を知ることは結果を知ること同じくらい大切なことなので、一緒に確認していきましょう。
EEGの空間分解能の限界
EEG は、脳の電気活動を測定するのに優れた時間分解能を持つものの、空間分解能が低いという制約があります。
電極の位置と解剖学的な脳の場所との対応関係は最適とは言えません。つまり、EEGで測定された脳活動が、特定の脳領域からのものであると正確に特定することは難しい場合があります。
皮質と皮質下構造間の結合をEEGで評価することは不可能であり、視運動学習において重要な役割を果たす皮質下構造の活動を捉えることはできていません。
解析対象とした脳領域と結合の限定
研究では、モデル駆動型のアプローチを採用し、特定の脳領域間の接続性に焦点を当てています。
視覚野とM1間の接続や、異なる周波数帯域内および間の接続など、運動パフォーマンスの向上に寄与する可能性のある他の接続を十分に検討できていません。
解析対象とした接続が全てではなく、他の接続が重要な役割を果たしている可能性を考慮する必要があります。
PSI解析の限界
PSI解析は、統計的検出力を低下させる保守的な性質を持っています。これは、相関分析の統計的パワーを弱める可能性があります。
PSI解析は、参照電極特有の効果や、α周波数帯域外での低い再現性の影響を受ける可能性があり、結果を一般化することが難しい場合があります。
実験手順の限界
Day2の測定順序(運動テストの後に安静時EEG)が、安静時のデータに影響を与えている可能性があります。
SES中の筋活動や皮質筋結合の変化を評価するための筋活動の測定は含まれていませんでした。皮質筋結合は運動学習プロセスに関与している可能性があるため、これは研究の限界点です。
参加者の特性
健康な若い成人のみを対象としており、他の年齢層や神経疾患を持つ人々に結果を一般化するには、さらなる研究が必要です。
他の論文の見解では、、、
他の論文の報告では、運動閾値の刺激強度での電気刺激は、皮質脊髄路の興奮性を高め、運動学習を促進する可能性がある一方、感覚閾値の刺激強度での電気刺激(この論文ではTENSを例に上げています)は、皮質脊髄路の興奮性を抑制する可能性があるため、リハビリテーションの戦略を立てる際に考慮する必要があると述べています。
詳しい設定や考察を確認すると、、、
感覚閾値での電気刺激を行うとS1の活動が抑制され、感覚情報の処理が抑制されることで、鎮痛効果が得られます。一方で、S1とM1の間には構造的および機能的な繋がりがあり、S1の活動が抑制されることで、それに伴ってM1の活動も抑制される(皮質脊髄路の興奮性の低下)ことが示されています。
その際の電気刺激の設定は、短母指外転筋に対して周波数:100Hz、パルス幅:1ms、30分持続でした。
このことから、今回の報告と全く同じ条件ではありませんが、感覚閾値での電気刺激が皮質脊髄路の興奮性を低下させてしまう可能性があるということは頭に入れておいた方が良いかもしれませんね。
⬇️詳細が気にな方はこちら
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また、電気刺激療法には禁忌なども存在しますので、これらを理解し、医師に確認のもと利用することを強くお勧めします!
まとめと学び
ここまでお疲れさまでした!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は「Somatosensory electrical stimulation improves skill acquisition, consolidation, and transfer by increasing sensorimotor activity and connectivity.」を中心に、SESが運動学習に与える影響について神経生理学的メカニズムから解説しました。
なんとなく「感覚が入力されるから運動しやすくなる」というイメージがより具体的になったのではないでしょうか?
今回学んだことをもとに、明日からの臨床で、患者さんの機能回復を最大限にサポートできるよう、さらに研鑽を積んでいきたいと思います!
おわりに
最後まで読んで頂きありがとうございました。
僕のnoteではこのように最新の知見やリハビリに役立つ知見をまとめています⬇️
これからも皆さんの臨床の役に立つ情報を発信していきますので、楽しみにしててくださいね😆✨
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では、また🦍👋
参考文献
メイン論文⬇️
Veldman, M. P., Maurits, N. M., Zijdewind, I., Maffiuletti, N. A., van Middelkoop, S., Mizelle, J. C., & Hortobágyi, T. (2018). Somatosensory electrical stimulation improves skill acquisition, consolidation, and transfer by increasing sensorimotor activity and connectivity. Journal of Neurophysiology, 120(1), 281–290.
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