聞いてよマスター 4
GW後の3連休、温泉街で過ごし羽を伸ばした私は
静かな昼過ぎの我が城にて、再び開店準備をしていた。
そういえばアキは将棋部に入ったのだろうか、3日前に起きた出来事が頭をよぎる。なかなか面白い青年だった。まあまた会うことになるかどうか、宇宙神のみぞ知るというところだろう。
おっと、入口の扉に一時休業中の貼紙をしていたのを忘れていた。
私はカウンターから出て薄暗い階段を上っていく。
「・・・・・・っすよ、こっち!ほらここ!俺が話してた店、これ!」
「ちょっとちょっと、引っ張らないでくださいよ。えぇ…何ですか酒場じゃないですか、しかもほら旅行で休業中って貼ってありますよ。」
何だか外から話声が聞こえる。2人の男性か、片方は最近聞いたような声だがまさか…。
「大丈夫ですって、確かここのマスター今日は店開けるって言ってたし。」
「いやいや…にしたって、まだ昼の2時ですよ?」
「いけるいける、ちょっと開けてみましょう。」
「え、いやちょっと春田君!」
ガチャガチャガチャガチャ!
激しく外からノブを回しているようだ。溜息をついて私は内側から声を掛け鍵を開ける。扉の先には、3日前と全く同じ服装の春田アキと見慣れないもう一人の青年の姿があった。眼鏡を掛けた長身、黒色の短髪、端正な顔立ち、アキより落ち着いた雰囲気。
さしずめ上回生の先輩を連れてきたというところか。
こちらを見て深く一礼したところを見ると百倍は礼儀正しそうだ。
「マスター久しぶり!珈琲飲みに来たよ。」
悪びれもせずアキが言う。
「はぁ…どうして店の開いてる時間に来られないのか不思議で仕方ありませんが、まあ取り敢えず中に入って。」
『うちの部員が本当にすみません』もう一人の青年はそう呟き、私たち二人の後に続けて階段を下りてきた。なるほどそういうことか。
アキは、踏み込んだのだ。
私はカウンター席に座るよう2人を促し、飲み物を用意する。
自分用の珈琲豆の入った袋を開けると中身はすっかり空になっていた。
うむむ、仕方ない。休憩室に確か少し分けて置いていたはずだ。
「ちょっとだけ待っていてくださいね。」
そう告げてカウンター横の扉から休憩室へ入る。
結局思ったよりも見つけるのに時間が掛かってしまった。
カウンターへ戻った時には2人の将棋談義にすっかり花が咲いていた。
「部長~!まーたマニアックな戦法使うんすね、まあ俺もそれ割と好きだけどさ~」
「春田君、大会に出たらあらゆる使い手と出会うんですよ?それで…次の手は?」
「うーん…△21飛で。だって△27飛は多分めっちゃ研究してるんでしょ?」
「ほう。その場でひねり出した手にしては中々…春田君は面白いですね本当。」
△21飛▲28歩△27歩▲38金△28歩成▲同銀△26歩
口頭で将棋が進んでいく。途中から聞いたが多分あの戦型だろう。私も脳内で盤面を進める。ここで青年が何を指すかで力が問われそうだ。
ん……?ていうかアキ、いま彼のこと「部長」って言った!!??
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