いくら利きのいい腕であっても【解説付き】
いくら利きのいい腕でも、腕一本では、カラダ全てを洗うことができないこと。
目がよくみえている状態でも、空間が認識できないことがあるんだ。
足がよく動いてる様に見えても、体幹を支えられないと、むしろうまく歩けない。
大丈夫やでという言葉には、もっと察してほしい何かが隠されているということや、
モノを忘れるからといっても、忘れたくても忘れられない想いがあり、いつまで経っても縋りたい思い出もあるということ。
理解できない不安とイラダチは自分を孤独に追い込む言動を誘うこと。
知らなかったよ。そういうこと達。
知らない世界を感じ取る努力なしでは、
アタリマエをみているだけでは
みえない世界がそこにはあるよ。
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生れたからには、悟りたい。
そんな、ヒトというケモノのアレやコレ。
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僕たちは、キレイでも、汚くもない。
僕たちは、尊くもなく、いいひとでもない。
僕たちの仕事は
診ることでも、看ることでもなく
ただ、在るものと在るものの間、
目に見えるものと見えないものの間で、橋渡しする仕事です。
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解説】
くだらない色眼鏡かけて、自分をみたいのは、自分自身です。
介護であれなんであれ、単なる仕事。
オモロくするのも、しないのも、自分自身。
《綺麗に言う》ことにより、ホントがみえなくなるのも同じ馬鹿騒ぎ。