ショートショート 『目立ちたがり屋』
元子は学食でお昼をとりながら横に座っている葉子に言った。
「午後の講義、菜々子来るよね?」
「・・うん」
木曜日の午後の講義は菜々子と一緒だ。
「どんなに泣き付かれようと絶対にお金は貸さないようにしよう」
「うん」
食堂を出て歩いていると菜々子が目ざとく二人を見つけ走り寄って来た。
「元気?」
葉子はつい身構えて真一文字に口を結んだ。
講義が終わりキャンパスを出て最寄り駅に歩いていると菜々子が言った。
「ねぇ、お茶しよ」
「私達これから本屋に行く予定だから・・」元子が言うと
「えー、ほんのちょっとでいいから」
「でも・・・・」
「あっ、ここにしよ」菜々子は勝手に喫茶店に入ってしまった。
コーヒーをオーダーすると菜々子は手持ち無沙汰で長い髪をクルクルと指で巻き始めた。
今日も頭の天辺から足の爪先まで洗練された装いだ。
はた目にはジーンズにスニーカーの二人とは異質な感じがする。
「ねぇ、お願いがあるんだけどチョットでいいからお金貸してくれない?」
横に座る葉子の身体が強張るのを感じながら元子は言った。
「今、持ち合わせが無いのよ」
「少し、少しでいいのよ」
「でも本当に無いのよ」
「何、心配してるの?大丈夫よ。この前みたいにちゃんと返すわよ」
確かに先月、一万円返してくれた。でも四万円貸してるうちの一万だけだ。
元子と葉子は必死にかぶりを振った。
すると菜々子はため息をついて店員が持って来たばかりのコーヒーを飲み干した。
「もう意地悪ね。じゃあ、お金貸してくれないならここの支払いお願いね」
そう言って一人、店を出て行ってしまった。
何よ、もう。菜々子は心の中でぼやいていた。
お金が欲しい。
ブラウス、スカート、パンプス、ネックレス・・・・欲しい物はいくつもあるからお金がいくらあっても足りない。
東京の大学に合格して地方から出て来た。
リヤ充な学生生活を送りたい、と人一倍身なりに気を使っていたら周りから
「いつもオシャレね」
「そのスカートどこで買ったの?」
「いつ見ても違う服着てるのね。うらやましいわ」
と褒められた。
それで歯止めが掛からなくなってしまった。
実家からの仕送りの生活費を浮かしたりアルバイト代をつぎ込んだりしても、まだ足りない。
やがて大学の友達にお金を借りるようになると、皆、彼女を避けるようになった。
もう今では寄って来て服を褒めてくれる友達もいないのにオシャレをやめる事が出来ない。
オシャレして目立ちたい。
もっともっと目立ちたい。
元子と葉子に目を付けたのは、そんな時だった。
二人とも大人しくてチョロイもんだった。
元子からは三万、葉子からは八万借りていた。
そして菜々子には返す気など最初から全くもって無いのだった。
次の週の木曜日、今日こそは二人からお金を借りてやる、と意気込んで大学に行くと何やら人だかりが出来ている。
何だろうとのぞき込むと真ん中に、あの二人がいた。
「スゴイじゃない、葉子さん」
「有名人の仲間入りじゃん。サイン頂戴」
「そうよ、今のうちにサイン貰っておかなくちゃ」
どうやら葉子が書いてサイトに投稿していた小説が出版社の人の目に留まり、作家としてデビューする事が決まったらしいのだ。
二人はずっと大勢の人に囲まれていて菜々子は近づくことすら出来なかった。
帰り道、一人トボトボと歩いていると無性に腹が立ってきた。
お金を借りる事が出来なかった悔しさよりも二人が目立っていた事に憤りを感じた。
私を差し置いて目立つなんて、許せない。
また一週間が過ぎた。
菜々子は念入りに身支度をして大学に来ていた。
今日の私を見たら、二人も先週のような身の程知らずな事はもうしなくなるだろう。
そう思い二人を探すと葉子が一人で学食にいた。
「チョット話があるんだけど」
「ああ、菜々子さん。私も話があるんです」と言いながら葉子は咳き込んだ。
「元子はいないの?」
「風邪でお休みです」とまた咳き込む。
「アンタ、風邪うつったんじゃないの?」
「ええ、やっぱり午後の講義はお休みしようかと考えていたところです」
「ああ、そうなの。じゃあ早退する前にお金か・・」
「菜々子さん、八万円、今すぐに返して下さい」
十分後、駅近くにある銀行に向かって葉子は歩いていた。
その後ろを嫌そうに菜々子がついて行く。
葉子は時折咳き込んで、足元もおぼつかない。
「ねぇ、具合悪そうだから今度にしたら?」
「駄目です・・今度、今度って先延ばしにしてしまうから」
チッ、と菜々子は心の中で舌打ちした。
それにしても葉子は随分と変わった。
以前はヒツジの様に大人しくて菜々子の言いなりだったのに、この変わり様だ。
何よ、調子に乗って。彼女は前を歩く葉子の背中をにらみ付けた。
その時だった。
葉子は激しく咳き込み足元がフラフラしたかと思うと、前に倒れ込んだ。
そして車の急ブレーキの音が響いた。
葉子が亡くなって五カ月後、彼女の小説が本になって店頭に並んだ。
キャンパスはその話で持ち切りだ。
「ねぇ、あの話に出てくる小説家の卵って葉子さんの事よね。それで目立ちたがり屋の友人っていうのは・・・・菜々子の事だよね」
「やっぱり。あたしもそう思ったんだ」
葉子は身のまわりの事をモデルにして小説を書いていたのだ。
「そうなるとさ、あのラストは何?」
「でしょ。やばいよね」
二人の横で話を聞いていたもう一人が訊いた。
「何の事?」
「まだ読んでないの?」
「うん、途中までだけど」
「あのね、話では目立ちたがり屋の友人はデビューが決まって注目の的になっている小説家の卵をねたんで、殺しちゃうの」
「その殺害の仕方が問題なのよ」
「どうやったの?」質問しながらゴクリと唾をのんだ。
「走ってきた車の前に小説家の卵を突き飛ばして、事故に見せかけて殺しちゃうの」
「まんまじゃない」
「でしょ。だからやばいのよ」
「でも・・たまたまでしょ。小説が書かれたのは葉子さんが事故で亡くなる前なんだから。それに、ねたましく思っても現実に殺したりはしないでしょ」
「そうよね」
「そうだよね」
三人は互いの顔を見て同じ事を思っているのを感じ取った。
やがて一人が声をひそめて言った。
「でも菜々子だったら・・・・やりかねないよね」
菜々子は今、誰よりも目立っている。