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【短編日記小説】#2 灰色の月曜日

 平日という日常が当たり前のように始まる。昨日や一昨日という高々一二日前の週末を、恰もいにしえの歴史の産物として遺棄し、前だけを向いて生きて行けと言わんばかりの些か偏向的で、苛烈な処遇にて。
 そう恣意的に思い込んでしまう、相変わらずの要らぬ思慮に過ぎる、そして怠惰なhの気質も救い難い。そのような為体でこれから生きて行けるのか。職場に向かうのさえままならないのではないのか。事実、彼の身体は鉛のように重く固まり、その足は床を踏もうともしなかった。
 食欲がないまでも、朝だけはきっちりと食べたい彼が口にする、白ご飯に焼き鮭、味噌汁といった、定番ともいえる朝食は、殊の外旨く感じられた。やはり日本人はこれに限る。これが無くては一日は始まらない。
 だからといって元気がついた訳ではない。面倒くさそうに洗面をして、通勤用の私服を着て、嫌味のように晴れ渡った蒼穹そらをしかめた面で一瞥し、その灰色の内心とは裏腹な、やたらと胸を張った姿勢で歩き始める。明け透けで粗末な虚栄を、頼りなく湛えながら。
 朝起きた頃から聞こえていた、直ぐ近くの工事現場の音。夜とは違ったガードマンと、見知らぬ職人達が屯するその工事現場を横目に、自宅からは徒歩圏内に在る町工場の戸を潜ったhのやる気の無さは半端ではなかった。
 仕事=束縛=強制労働、或いは死ぬまでの暇潰しというぐらいにしか、仕事というものを領解していなかった彼は、始業までの間に少しでも自由を感じたいと、早めに出勤しては、独り何本も煙草を吸っていたのだった。
 一本の煙草を吸うにあたって、煙が口から出る回数は如何ほどだろうか。時間にして凡そ十分、一分あたりに吸う回数が二三回と想定すれば、約二三十回という概算が出来る。今日起きてから既に五本は煙草を吸っている。不健康にも程がある。年々値上がりする煙草を、このように吸い続けている事も、実に不経済で、喫煙が流行っている現実にも首肯せざるを得ない。
 そんな値の張る煙草を二本吸い終えたところで、人が静かに階段をおりて来る細音が、hの地獄耳を優しく刺激するだった。
 社長でありながら社長出勤をしない、この零細企業たる町工場の社長の存在は、hの心事を複雑にするばかりだった。年季の入った渋い皺を面に刻む、頬のこけた、瘦せ型で小柄な社長が煙草を吸う様は、hのそれとは全く違った絵画的な静謐せいひつと内なる躍動を、謙虚に表し、落ち着きの中にも存する、いざ鎌倉といった烈しい気心は、無言の裡にも唯に静かなだけのhの精神に発破を掛けて来る。
 それに感化されたhは、否応なしに腰を上げて、見せかけのヤル気をもとに、仕事に邁進し始めるのだった。

 この日hが口にした言葉は、朝のおはようございますと、夕方のお疲れ様です。このたった二つだけであった…。








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