そんなわけで先生を辞めたんだな(2)秋祭り

だいぶん前のことになるが、担任をしていたクラスの生徒が秋祭りに参加して、自宅謹慎をせねばならなくなったことがある。

秋祭りと言えば、餅つきと母の作るチラシ寿しで完結し、神輿を見に行ったことさえなかった私にとって、同じ県内なのに高校生が祭りに熱狂する地域があるということが驚きだった。

赴任した街では、秋祭りには地区ごとに太鼓台が巡行する。煌びやかな飾り付けがなされた太鼓台は本祭りの数日前から街中で引き回され、大人も子どもも太鼓の音が聞こえるとワイワイ集まって来るのだった。
学校では授業中でも太鼓の音に教室がザワつき、休み時間なら生徒たちは太鼓台を一目見ようと窓から顔を突き出し、大騒ぎしている。早く大人に混じって太鼓を引きたくて仕方ない男子がいれば、そんな男子の姿を見たくてたまらない女子も大勢いるのだ。

祭りが近づいてくると生徒課長は表情を険しくして、祭りに参加してはならないと全校集会で呼びかける。高校だから地方祭では学校が休業にならない。日曜日が本祭りになるのは7年に一度きり。まだ週休二日になってない頃だったので、祭りに参加することは学校をサボるのとほとんど同義だった。

それだけではない。今や地域の祭りが廃れるのを恐れて、むしろ高校生に参加を求める地域もあるくらいだが、平成になって間もないその頃は人と人の繋がり方が違っていた。大人の男たちに混じって太鼓台を引いたならば、よっしゃ〜ええ男ぶりやな、ええから飲め飲め、と間違いなくおっちゃん達が酒を勧めることになる。下手をすれば煙草も。
大人の仲間入りをした気になった高校生は、祭りの高揚感からついつい飲んでしまうのだろう。百戦錬磨のおっちゃんと違って、酒に慣れない高校生男子は飲めばすぐに酔っ払う。どこそこの道路で寝ていて警察のお世話に、なんてことも過去にはあったらしかった。

その時担任していたのは二年生で、秋祭りの数日後に修学旅行が控えていた。学校側は祭りに参加させないための策として、「二年生で祭りに参加した者は、修学旅行に連れて行かない」という触れを出したのだった。

彼は真面目な生徒で、私には、祭りではっちゃける彼の姿を想像するのが難しいくらいだったが、どうしても祭りに参加したいのだと言った。地区によって男衆の数にも盛り上がり方にも違いがあるのだろう。隠れてコソコソやるのは嫌だ、修学旅行なんて行かなくてよいから僕は太鼓台を引きます、酒も煙草もやりませんから、と宣言した。やれやれ。
何の力も言葉ももたない私は、そうなのかと言うしかなかった。

そうして彼は、修学旅行を辞退した。太鼓台のかき手となったことで、自宅謹慎。
同様に太鼓台のかき手となりながらも、どうしても修学旅行に連れて行ってくれと言った生徒もいたから、私には、彼の態度はとても清々しく映った。

彼は今頃どうしていることか。もう50才を過ぎているはずだ。高校生の父親になっているかもしれない。県外で就職したけれど、あれから祭りはどうしたのだろうか。

初めて担任したクラスでの、忘れられない出来事である。

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