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悲劇に涙を流します!
「えーっと、多分この辺で……お、あったあった。えいっ」
黒々とした輝きを放つ床を、私は思い切り踏みしめた。
すると数メートル先で床が隆起し、次第に人の形を作る。
「おお、こうなるんだ」
私が足を離すと、人形はついさっきの映像の逆回しのように床へ戻っていった。
※悲劇に涙を流します!
「そういえばさー、この前の話って結局どうなったの?」
「あぁ、あれやっぱりやらないらしいわよ。なんか結局予算的に無理だったっぽいの」
「えぇー!? 楽しみにしてたのに!」
「まあ、そういうこともあるってことね」
「ちぇー。っていうか抗議してよー」
「私にそんな発言力はないわよ」
「知ってた」
「はいはい」
「しかし、何に使うんだろうこの仕掛け。別に人形が動くわけでもないし……」
何度か床を踏んで仕掛けの挙動を確かめた私は、しかしその仕掛けの意味を理解できなかった。
床から出てきた人形はどれだけ放置しても動き出したりはしない。マネキンのような直立不動の体勢で向こうを向いてただ立っているだけだ。
出てくるスピードが速いならばまだ不意討ちとして使えなくはないだろうが、床が隆起するスピードも決して速いとは言えなかった。
「うーん。ここにある以上、役割がないってことはないはずだけどなぁ」
私はもう一度床を踏みつける。
すると数メートル先に、またのろのろと人形が形作られていくのだった。
※悲劇に涙を流します!
「なんかさあ、最近面白くないよね」
「またずいぶんざっくりしたこと言うわね……」
「だってほら、ジョン・レノンも殺されちゃったんだよ」
「いつの話よ……」
「……お?」
何回目だったろうか。私が凝りもせず床を踏みしめたその時だった。
人形がこちらを向いたのだ。
「動くのか、きみは」
さっきまで幾度となく同じように現れては戻ることを繰り返していた人形は、今ゆっくりと、しかしはっきりと私のほうへ歩いてきている。
試しに足を離してみても人形はそのままこちらへ歩いてきた。
「回数か? いや、場所が微妙に違ったか……って、おぉ?」
のろのろと歩く人形を見ながら私が考察をしていると、人形は突然糸が切れたかのように崩れ落ちた。
慌てて私が駆け寄っても、人形はもう動かない。床に戻るわけでもなく、人形は土くれになっていた。
※悲劇に涙を流します!
「そうだ、さっきレタス買ったんだけど食べる?」
「レタス? いや、いらないわ……っていうかちょっと待って、食べるの? 今? そのまま?」
「うん。美味しいよ」
「……時々、あなたのことが分からなくなるわ……」
「どういうこと? 欲しいなら素直にそう言ってよね」
「それは本当にいらない」
「あっそ……んー、新鮮で美味しい!」
「いやあ……ダメだな」
私は崩れてしまった人形……人形だったものを一通り確認したが、どうやらそれは本当にただの土くれになってしまっているらしかった。
もう床を踏んでも新しい人形も現れない。
「残念だ。手掛かりになると思ったんだけど」
私は踵を返してその場を後にする。それならそれで、帰ってやらなければいけないことは山ほどあるのだ。
※悲劇に涙を流します!