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論説委員の石井英夫、特別顧問の清原武彦。「産経新聞」がわが国に残したものは何か【適菜収】

ことしを象徴する漢字は『災』だったが、年が押し詰まったところで地球的な“大災”が発生した。スマトラ島沖巨大地震の大津波では、万を超える人びとが波にさらわれた。日本人ツアー客にも多数の犠牲者がでているという。
 ▼被害の広がりが気になるところだが、きょう二十八日は「仕事(御用)納め」。歳時記に「古筆も洗ひて御用納かな」(瓜青)の句がでていた。ところでもう一つ納めるものがある。小欄・産経抄も本日をもって筆者交代いたします。それが何と三十五年間も長居をしてしまっていた。
 ▼日ごろ愛唱する言葉に「花は愛惜(あいじゃく)に散る」と。道元『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』のなかの詩句だが、ナニあの難解膨大な書物を読み通したのではない。教えられて聞きかじった言葉で、何事も惜しまれているうちに散れという戒めだったが、つい忘れていた。
 ▼某夜、酒席で作曲家の船村徹さんから「お前さんの産経抄には毒がある」といわれたことがある。「ただし毒にも薬にもならぬコラムはコラムじゃない」とも。それを聞いてにんまりした。なぜなら、ひそかに耳かき一ぱいほどの毒を盛ることを常としてきたからだった。
 ▼「戦争に大義は無用である」「(従軍)慰安婦は国家の下半身だった」「反戦平和ほどうさん臭いものはない」「学校教育に強制は不可欠である」「日の丸・君が代のどこが悪い?」などなどと。とにかく時流に逆らうことばかり書き続けてきた。
 ▼そういうへそ曲がりで時代遅れの小欄にとっては、年貢の納め時がきたというべきかもしれない。晩唐の詩人・杜牧の一節に「長空 碧(みどり)杳杳(ようよう)たり/万古 一飛鳥」と。担当は石井英夫でした。ありがとうございました。明日から小欄は新しい視点と切り口で再生いたします。

産経新聞 産経抄 2004年12月28日

>国家の崩壊は、メディアの責任である。メディアの腐敗がなければ、国家の衰退も食い止められたのではないか。先陣を切って、安倍自民党政権をヨイショし、ネトウヨ新聞化していったのが「産経新聞」だった。それを推し進めた親玉たちの相次ぐ死。彼らはあの世で何を思うか? 新刊『自民党の大罪』(祥伝社新書)で平成元年以降、30年以上かけて、自民党が腐っていった過程を描写した適菜収氏の「だから何度も言ったのに」第79回。

ソビエト連邦が崩壊する前
ゴルバチョフ(初代かつ最後の)大統領によって「グラスノスチ」が行われた

>1986年4月に起こったチェルノブイリ原子力発電所事故では、書記長であるゴルバチョフの元になかなか情報が届かず、ソ連のセクショナリズム秘密主義が、国の最高指導者の行政にまで影響を与えている現実を突きつけた。業を煮やしたゴルバチョフによって、体制の硬直化による種々の社会問題を解決するために、言論・思想・集会・出版・報道などの自由化・民主化が行われた
>このように、一連の改革はソ連邦の民主化に大きく貢献した一方で、困窮する民衆の生活とはまるで別世界のような共産党幹部による共産貴族と呼ばれるほどの豪華絢爛な暮らしや汚職なども暴かれて、国民の反共産党感情を一気に高め、最終的にはソ連解体へと国家を進めていく結果となった。

逆説的に言えば「報道の自由」があるから汚職が暴かれる
そして必ずバレるなら汚職をしようと思わなくなる
マスコミが目を光らすことで綱紀粛正がはかられるってことだw
いい大人なんだから見張られていなくてもちゃんとしてほしいが

欧米では「神に見張られている」日本では「世間に見張られている」
神の目はごまかすことができないが世間の目ならいくらでもごまかせる
折田楓のような「世間を惑わすプロ集団」が「PR会社」という名で大手を振って商売をしている

国家の崩壊は、メディアの責任である。メディアの腐敗がなければ、国家の衰退も食い止められたのではないか。

読者の読みたいものが「日本すごい!、俺たち最強!」で
それに「中国崩壊」やヘイトスピーチを足したのが
「産経新聞」をはじめとしたネトウヨメディアだ

ところが現実を地道に取材したメディアは「目にしたくない現実」を突き付けてくる
「わたしの大好きな中居正広君がそんなことするわけがない!」
こうして「見たくない現実」を報道するメディアは「マスゴミ」と呼ばれるようになるw

>1998年頃、用事があって産経新聞に行き、石井と話をしたことがある。内容はまったく覚えていないが。当時は「斜断機」などのコラムもあり、他の新聞とは異なる面白い切り口の記事もたまにあったような気がする。それからだいぶ経ち、2013年頃から、私は産経新聞の1面で2年半にわたりコラムを書くようになった。産経新聞の劣化が加速していった時期である。特に、低俗なネトウヨ路線をとりはじめてからは害しかない。ネトウヨに迎合した記事を書いているうちに、ネトウヨが記者になり与太記事を書くようになってしまった。

ただの「与太記事」ならまあおいらたちの酒の肴になるからいいのだけど
被害者叩き、女性叩き、ヘイトと周りに害を与え過ぎた

■産経新聞は廃刊でいい

ただね複数のメディアが切磋琢磨すべきだから産経にも残ってほしい
玉石混合でもいいじゃないか
差別や名誉棄損は法律で規制すればいい

>メディアの腐敗が国家の衰退に拍車をかけた。

国家権力の監視は他のメディアに任してもいいのでは?
産経新聞の題字の下には「この新聞はフィクションです」と書いてさw

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