見出し画像

アトラクションの曙

1970年代初期。
各地デパートの催事場では、毎週のように怪獣ショーが開催されていた。当時は大変な怪獣ブームだったからだ。
怪獣ショーを企画する頭の古い大人には
「怪獣さえ出しときゃいいんだろ?」
といういい加減な考えがあったため、催事場にやってくる怪獣は、催事用に作られたデタラメで粗雑な怪獣であり、テレビの「ウルトラマン」や「仮面ライダー」で見られるような洗練されたデザインの怪獣ではなかった。多くは名前もない「単なる怪獣」であったが、ある時「煙怪獣モクモク」という名のついた、口から煙を吐く怪獣が来た。デザインは相変わらず雑なもので、直立する牛みたいだったが、名前があるだけで、子供の熱狂度が違う。
「モクモク!」「モクモク!」
と声がかかるわけだ。

これを見た催事企画者が、怪獣ショーを少し真面目に考えるようになり、次回からは怪獣と戦うヒーローも登場させるようになる。
「怪獣ブーム」だから「怪獣さえ出しときゃいい」という安易な発想から、キャラクターとして名前を持つ怪獣とヒーローの対決を見せるショーへ進化するのだ。

しかしヒーローの創造は難しい。
ウルトラマンやライダーをそのまま使用することは、当時でも権利問題が発生するため、ヒーローもオリジナルでなけれはならないのだ。
頭が古い企画者が考えたヒーローは、顔出し頭巾を被り白塗りと目張り化粧を施した忍者装束の男だった。名前は
「昭和天狗」
である。いかにも古い。
原点は鞍馬天狗だろう。
ウルトラマンやライダーといったカタカナな名前は思いつかなかったので、企画者が子供の頃のヒーローの名前とスタイルを素直に転用したのだ。

しかし「煙怪獣モクモク対昭和天狗」のショーは、デパート催事史上最大の集客を記録し、工務店に催事場床の補強工事を依頼したとある。床がぬけそうになるほど子供がつめかけたのだ。

ショーは簡単な内容で、煙を吹いて手足をバタバタさせるだけのモクモクの前に昭和天狗が現れ
「やぁ、出たな、か〜い〜じゅう〜!」
と見栄を切り、懐から取り出した短刀でその胸を刺す。モクモクは苦しみ、さらに大量の煙を吐いて、倒れる。悶死したモクモクに片足をかけた天狗が「討ち取ったり〜」と宙を睨み、腕を組んで踏ん反り返ると、観客の子供らが拍手と歓声を贈るのだ。
極めて古典的だが、この単純さが当初はウケたのだろう。

そうは言っても「昭和天狗」のスタイルと名前の古臭さを子供が敬遠するようになったのか、三回目の公演ではもう客が減り始めた。
せっかく床が補強されたのに、そこに乗せる客が減じる皮肉。
子供に聞くと「昭和天狗は商売男のような目つきで気色が悪い」というので、天狗に黒眼鏡を掛けさせたら、余計に怪しくなってしまった。
また「昭和天狗の動きがノロノロして白ける」との意見もあったが、「もっとスピーディーな殺陣はできないか?」の要望に天狗役の老齢旅役者が応えられるはずもなかった。

「やはり人気の仮面ライダーをやらなきゃだめだ。仮面ライダーそのものは権利がうるさいから、別のライダーを作るしかない」
そこで登場するのが
「超人ピーナッツ・ライダー」
であった。

「天に召された昭和天狗に代わって東京からやってきたのは誰あろう。テレビでお馴染みの仮面ライダーの一番弟子!その名もピーナッツ・ライダーぞ!」
司会に回った昭和天狗役の旅役者が紹介すると、催事場俄かに暗転し、観客が騒めく。そこに一条のスポットライトが照らすと、新ヒーローが立っているのである。
しかしそのヒーローはかなり小柄である。
子供?否、違う。
「あ!小人だ!」
そう、ピーナッツ・ライダーを演じているのは小人だったのだ。
仮面ライダーに似たヘルメットを被ってはいるが、上半身裸であり、黒いタイツを履いている。身長は約1メートル。小人ではあるが、鍛えに鍛えた肉体は、隆々と筋肉が盛り上がっている。
明らかに彼は、この頃はまだテレビでも放送されていた小人プロレスのレスラーであった。

「侏儒と生まれし小さな体。しかしピーナッツ・ライダーには正義の血が激っている!立て!闘え!ピーナッツ・ライダー!大怪獣モクモクを倒して、昭和天狗の仇を討ってくれ!」

だが客席の子供らは、馴染みのない小柄なヒーローに、どう反応していいかわからず、催事場は沈黙に包まれている。

舞台にはグレードアップを果たして角を増やし、背鰭をつけ、より凶悪になったモクモクが、咆哮を上げて出現する。

「出たなモクモク!今、天狗の仇を討たん!トォー!」
ピーナッツ・ライダーは体の割に野太い声で気合いを入れると、猛然と大怪獣に駆け寄ると、渾身のドロップ・キックを放った。

響めく場内。
なんと素早い動き。なんと高い跳躍。なんと見栄えのよいキックであろうか!
本職の鍛え抜かれた技は、歌舞伎由来の昭和天狗とは比較にならない。これぞホンモノである。
続け様に高速ドロップキックを受けたモクモクが、膝をつく。

「わ〜!いいぞ!ピーナッツ・ライダー!」
「格好良いぞ!ピーナッツ・ライダー!」
先の不安は一瞬に払拭され、子供らは小さな新ヒーローの華麗なアクションに熱狂した。低身長に対する蔑みや差別は全くない。そこにあるのはホンモノに接した驚きと尊敬だ。

モクモクの煙攻撃がピーナッツ・ライダーを苦しめると、子供たちは本気で心配する。
「ピーナッツ・ライダー!頑張れ!」
その熱い声援に励まされ、頭を振ってふらふらと立ち上がると
「トォ!」
ピーナッツ・ライダーは、短い助走の後に、倒立し、頭だけで舞台上を滑走した!
これは今ではブレイキンの回転技で見られるが、小人プロレスの世界では、古くから知られている技術である。しかし直にそれを目撃した子供らは息を呑むばかりである。
「秘技 頭滑り」でモクモクの足元に潜り込んだピーナッツ・ライダーは、これまで以上に高く跳躍すると、モクモクの頭頂部に空手チョップを叩きこんだのだ。
「アガー!」
断末魔の絶叫と共にモクモクは崩れ落ち、動かなくなった。

うわー!子供らの興奮は最高潮だ。
怪獣に勝利し、昭和天狗の仇を果たしたピーナッツ・ライダーが片手を上げ
「良い子の諸君!さらばだ!また会おう!」
と言うと、再び照明が消える。
ピーナッツ・ライダーは暗闇の中をバイクの爆音(SEのみ)を残して去っていくのだった。

「ピーナッツ・ライダーは凄い」
「きっとテレビにも出る!」
「ライダー3号はピーナッツ・ライダーだ!」
口コミで瞬く間にピーナッツ・ライダーの魅力が伝わり、デパートの怪獣ショーにはまた活気が戻ったのである。

怪獣とヒーローの確執に「復讐」というドラマ性を持たせたこと。ヒーローに運動能力と擬闘の技術を持ったプロを採用したこと。照明に凝ったこと。司会を置いて観客を煽ったこと……等、現在に続くアトラクションショーの基礎はここに完成したのだった。

(ただ小人プロレスについては「身障者を見せ物にするな」と言った当事者以外の声が元で、衰退していくこととなった……)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?