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〜君だけに愛と暴力を〜
1960年代末。
私の家の裏に大きな病院の看護婦寮があった。
看護婦寮の庭には、今では許可されないゴミ焼却炉があり、我が家のゴミもそこで燃やしていた。
私は小学校に上がったぐらいだったが、毎日のように看護婦寮に行き、8人もいた若い看護婦たちに遊んでもらっていた(一緒に風呂に入ったりもしたのだ)。
看護婦たちは皆美人で陽気であり、寮は和気藹々とした良い雰囲気に包まれていた。
ところが、ある日を境に看護婦たちの間に対立が起こり、4対4の2派に分かれて争うようになったのだ。
ひっきりなしに荒んだ言葉による大声の罵り合いが、庭を挟んだ我が家まで聞こえてくる。
私は看護婦寮に出入りすることを禁じられた。
口喧嘩が絶えない状況になって数週間後の晩、
「死ね!」
「クソ女」
「売女」
「腐れ○○○!」
「ガバガバ!」
といった若い女性が発するとは思えない今まで以上の汚い怒声が深夜まで続いたので、業を煮やした私の父親が竹刀を持って看護婦寮に乗り込んでいった。
寮内では半裸の看護婦たちが激しく取っ組み合っており、中には血を流しているものもいた。
「いったい、どうしたんだ!何が原因だ!男か?」
と父が問うと、看護婦は
「ジュリーや!」
と叫び
「わ〜ん」
と全員が子供のように泣き出した。
原因は人気グループサウンズの「ザ・タイガース」にあった。
四人の看護婦はタイガースの沢田研二(ジュリー)の熱狂的なファンであり、残りの四人は萩原健一(ショーケン)のいたザ・テンプターズのファンだった。
ショーケン派の一人が冗談半分にジュリーのことを「イモ臭い」と発言したことで、口論になり、それがエスカレートした結果の流血沙汰だったというのだ。
つまり「ジュリーとショーケンのどっちが良いか?」が喧嘩の原因だったのだ。
何という幼稚な理由。
しかしそれほどグループサウンズとそのアイドルたちは人気があったということである。
冗談にも自分の推すアイドルが貶されることは耐えられない……このファン心理は、今も同じだろう。
こうしたトラブルはいつの時代も各地で起こっていたのである。
問題を起こした看護婦たちは全員退寮処分となった。寮は閉鎖が決まり、ただちに取り壊しが決まった。
部屋の備品が運び出され、燃えるものは次々に焼却炉に放り込まれた。
私は看護婦の部屋から剥がされたポスターや切り抜きが焼却炉で燃やされるのを見た。
炎に炙られたジュリーの白い笑顔が周囲から黒くなり、黒目と歯だけが白く反転し、悪魔のように不気味に捩れ、炭になっていくのだった。
グループサウンズの時代はすぐに終わり、ザ・タイガースは1971年に解散した。