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珍獣ウーパールーパー

 ウーパールーパーというのは、1980年代に何かのCMでブームになった珍獣だ。
「顔が可愛い」とされて、女子の間で人気が高まり、グッズなどもよく売れたらしいが、ただちに実物も輸入され、全国の熱帯魚店などで販売されるようになった。
当初は1匹2万円ぐらいの値がついていたが、当時の日本は今では考えられないほど裕福な国であったから、飛ぶように売れた。
熱帯魚店の窓に
「ウーパールーパーまた売り切れ 次回入荷は○月○日 ウパウパ!」
という張り紙が貼られていたのも思い出す。

 私はその頃、大学生だったが、友人Tがウーパールーパーを飼っていた。
「うちにはあのウーパールーパーがいるよ。見にくる?と言ってナンパすると、百発百中だぜ!」
Tにとって、ウーパールーパーは、女子を釣るためのナンパのエサだったのだ。

 薄暗い照明で照らされた水槽の底に、無表情なウーパールーパーがいる。その虚ろな視線の先には、ベッドがあり、飼い主Tと連れ込まれた女が激しく絡み合っている。
ベッドがギシギシと揺れると、振動が伝わった水面に波紋が立つが、水底で踏ん張ったウーパールーパーは微動だにしない。ただ赤いエラだけが、藻のように微かにサワサワと揺れるのみだ。

 行為の途中で視線を感じた女が
「ちょっと……」
とTの動きを制して身を起こす。
「どうしたんだよ。いいところで」
「あれ。気持ち悪い!ジッと見てるんだもん」
女は水槽を指差して、シーツで顔を隠した。可愛いはずのウーパールーパーのドングリ目。その無垢な視線が、行為中の彼女には耐えられないのだ。

「ちぇっ……仕方ねえなぁ」
Tはベッドから這い出し、重い水槽を抱えて部屋の外に運び出した。
慌てたので、水槽の生臭い水がビチャビチャと床に溢れた。

 部屋に戻ると女が
「やる気がなくなった」
とむくれている。
「おい!それはないだろう。あいつはもう外に出したんだから、続きをやろうぜ!」
しかし一旦火が消えた女は、もう燃えることはない。
「帰る」
「え?今から帰るのかよ!夜中だし、外は雪だぜ!」
「あの目を思い出したら、やる気になれない。恨むんだったら、あの両生類を恨みな!」
女はさっさと服を着て出て行ってしまった。

 不完全燃焼……
Tは部屋の寒さに萎えていく男性自身を眺めているうちに微睡み、深い眠りに落ちた。

 翌朝、部屋の外に出した水槽を見ると、ウーパールーパーが浮かんでいる。まだ、小さくピクピクと痙攣していたが……
あ!エラがみるみる白くなっていく!

 ウーパールーパーの死因は凍死だった。水槽を移動した際に、ヒーターの電源を抜いたのを忘れていたのだ。

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