仮面ライダーの正体
1972年の夏休み。私の住む田舎町の玩具店に仮面ライダーが来るというので、大騒ぎになった。
当時はまだアトラクショーといったものは無かったので、テレビの人気者を直に見る機会はほとんどなかったし、人気絶頂期の「仮面ライダー」となれば、まさに夢のような、奇跡のような出来事である。
私は9歳だったが、クラスの男子17人(つまり全員)と玩具店のある商店街に出向き、ライダーの到着を今か今かと待ったのである。
店先は、町中の子供が集まっていたのではないか?ざっと見渡しても1000人以上はいたと思う。
「やっぱりライダーはサイクロンで来るんじゃろうか?」
「いや、玩具屋の屋根の上にいきなり現れて、飛び降りるのかもしれんの〜」
我々はテレビと同様のカッコいい出現を期待したが、ライダーは、意外にも店の中から、ヨタヨタと歩いて出てきたのであった。
まさにテレビと同じ仮面ではあるのだが、身体に対して頭が大きすぎるように感じる……
ライダーは店先の段差に足を引っ掛けて、転けそうになった。
しかし店の前の子供らは、初めて直に見る仮面ライダーの勇姿に、悲鳴のような歓声を贈るのだった。
「うわーい!ライダーじゃ!ライダーじゃ!本物の仮面ライダーが、僕の眼前に今、立っているのじゃ!」
ライダーは大観衆の大歓声に、一瞬、たじろぐそぶりも見せたが、思い出したように、お馴染みの変身のポーズをとった。それはライダー通の私から見ると、ずいぶんぎこちなく見えた。
(な、なんだか、ちょっと違うぞ……)
しかし子供らの大声援は続く。感激のあまり泣き出す子もいるほどだ。
わ〜!!キャ〜!!ライダー!ライダー!
ライダーの横に玩具店の店主が立ち
「良い子の皆さん。今日はおもちゃのフケのために、わざわざ東京から本物の仮面ライダーさんが来てくれましたよ!
ライダーさん、良い子たちに一言どうぞ」
とマイクを向けた。
ライダーは小さい声で
「……トォ」
と言った。
店主は
「今日、うちで1000円以上のおもちゃを買った良い子にライダーさんから絵葉書をプレゼントしてくれるそうです」
と言うと、ライダーに目配せをした。
「トォ」
ライダーが手に持っていた小箱のスイッチを押すと、ライダーの左右の目と、目の間のランプが光り点滅を始めた。
右目が赤、左目が黄色、真ん中が青に激しく明滅する。
「トォ!トォ!トォー!」
テレビでは見せぬ、ライダーの新超能力に子供らは息を呑み、そして割れんばかりの拍手喝采が巻き起こったのだった。
ライダーが光った!僕らのライダーが光ったぞ!
赤、青、黄色!まるで信号機じゃ!
暫く光り続けたライダーだったが、腕時計で(この仮面ライダーは腕時計をはめていたのだ)時間を確認すると、ゆっくり向きを変え、再びヨタヨタと店の中に入っていくのだった。
この際、店主が
「ライダーが秘密基地に帰るまで、5分ぐらい店に入らないで」
と注意したが、興奮した子供数人が、止める店主の脇をすり抜け、ライダーの後を追って店に入ったのだそうだ。
子供らは店の奥の部屋のパイプ椅子に腰掛けてぐったりしているライダーに駆け寄った。
「わ〜!ライダー!ライダー!」
ライダーは、近くで見ると、目の下がくり抜かれており、そこから中の人の目が覗いていた。その目はテレビで見た藤岡弘の優しい目ではなく、黄色く濁った鋭い吊り目であり、憎しみに燃えていた。
「あ、本郷じゃない!このライダーは本郷じゃないぞ!」
と一人の子供が指摘すると、ライダーはしわがれた声で
「……暑い暑い…‥暑いんじゃ……」
と言い、さらに大声で
「ジャリは帰れ!」
と叫んだという。
(この仮面ライダーはその年の暮れに公民館で行われたクリスマス会にも現れ、エレクトーンで讃美歌を弾いたらしい。近くに寄ってよく見ると、あの時と同じ目が、くり抜かれた穴から覗いており、鬱陶しそうに睨み返したという)