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オーディオ無責任時代

 1980年代。オーディオに熱を上げていた私は、通いのオーディオ店に展示されていたハーベス のスピーカーの音がとても気に入った。大袈裟な特徴はないが、滑らかで品がある音だったからだ。
店長に
「これは素晴らしいスピーカーですね」
と言うと
「え?そうですか?」
と訝しむ。店長の話では、これは悪い見本として置いてある比較用のスピーカーだと言うのだ。
「雑誌でも良く書かれているが、実際はこんな音しか出ませんよ、と知ってもらうために展示してあるんです。こちらのJBLのスピーカーをお聞きください。その違いに愕然とするはずです」
JBLのスピーカーは当時も人気機種で、私もその鳴り方・音色は熟知していたが、聴き比べると、やはりハーベス の方が好きな音だった。
店主は
「どうです!JBLの方が低音が豊かで、音が前に前に出てくるでしょう?スピーカーが歌っている。これを「音楽性」と言うのです。対してハーベス は、低音が出ないし音が後ろにいってしまう。陰気な音です。値段もJBLが安い。多くの人が認めていて大量に作られているから、安くできるんです。同じサイズのスピーカーとしてはJBLの方が遥かにコストパフォーマンスが高いわけです」
とJBLを推してくる。
しかし、そう言われても私はハーベスの音が心地よく聞こえてしまうから困る。

「皆さん、ここで聞き比べて「なるほどハーベス ってダメだね」と納得されるんです。お客さんにはわかりませんか?雑誌の評価を忘れて、無心に聞き比べてみてください」

 まだ20代の私は、自分の耳が未熟なためにハーベス が良く聞こえるのであり、また店主が言うように雑誌情報に惑わされているのだ……と思った。価格の高いハーベス ではなく、安価なJBLを売ろうとする店主に良心も感じた。

 結局、私はJBLを買うことになった。
「まいどあり〜。いや〜、わかってもらえて良かった!」
店主はご機嫌だった。

 確かにJBLのスピーカーは悪くない。自宅でも快活に音楽を鳴らした。しかし私の心は常に
(本当にこれで良かったのか?やはり自分を信じてハーベス を買うべきではなかったか?あれは夢のように美しい音に聞こえたのだが……錯覚だったのか?)
という疑念が渦巻くのだ。
 聞けば聞くほど、馬鹿陽気にバリバリ鳴りまくるJBLがだんだん嫌になっていく。音楽の背後に「まいどあり〜」という店主の声が聞こえるのだ。
私が売値より利益率だ……という商売の鉄則を知ったのは、その直後だった。

 あれから40何年。
現在、私が愛用しているスピーカーはハーベス である。

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