逃げろ!青春
昭和50年ごろ、定期入れに入るカード型のカレンダーを集めるブームがあった。
カード型のカレンダーは企業や銀行などが広告を兼ねて製作配布する宣材なので、基本的に無料だった。
本屋にも各出版社が新刊の宣伝を兼ねたカード型カレンダーが置かれ、書籍を購入する者以外でも、自由に持ち帰ることができた。
……が、自由といってもマナーはある。一人でゴソッと大量に持ち帰ったりすることは倫理的に許されない。
しかし「カード型カレンダー収集ブーム」の渦中にある子供たちは、このマナーを破るのである。
「俺は百枚もってるぜ!」
と言って自慢するためである。
私の級友Gは、ある本屋でレジ横に置かれたカード型カレンダー全部(約500枚)を取って逃げた。
本屋の親父が
「泥棒!泥棒や!」
と大声で叫びながら追いかけ、Gは師走の商店街のど真ん中で取り押さえられた。
実際はGは盗みを働いたわけではない。無料で配布されることを目的に置かれているカレンダーを持ち帰っただけだからだ。本来なら走って逃げなくてもいいのだが、少年であるGの中にもマナーの概念と良心がある。これを吹っ切るために、Gは走って逃げたのである。
本屋店主も、この際「泥棒!」などと叫んではいけないし、追跡して取り押さえるのも良くない。Gは価格のある商品を盗ったわけではないから決して泥棒ではないのだ。
だがGがマナー違反を犯していることは確かで、不特定多数の人に配布されるべき宣材カレンダーを一人の者が全て持ち帰るのは、倫理的に問題がある。
Gは倫理を蹂躙したことで、人通りの多い師走の商店街で無様に取り押さえられ、おばさん達の好奇の目に晒され、後ろ指をさされた。
結果、約50年経った今でもGは「泥棒」と呼ばれており、Gの長男は「泥棒の息子」と呼ばれているのである。