シビレ
どのクラスにも、人を笑わせることが好きな奴が一人や二人いるものだが、笑わせるのが好きだからといって面白いとは限らない。
人を笑わせたがっている奴らは、むしろあまり面白くない場合が多かった。つまらない冗談を押し付けてくる彼らは鬱陶しく、痛々しかった。
高校のクラスにいたNも、人を笑わせたい欲求が強い男だった。しかし例に漏れず、全く面白くなかった。
Nはモノマネを好んだ。
「森……進一です……おふくろさんよ〜…」
「西城秀樹です!ハウスバーモンドカレーだよ…」
「三波春夫でございます」
「田中角栄です。ま〜そのー」
全部、頭にその人の名をつける。
だから誰のモノマネをしているのかはわかるのだが、正直、全然似てなかった。
「おい!N、先にその人の名前を言わずに、モノマネだけやってみろ!」
「……よ!コンバンワ!」
「それ誰のモノマネだよ?さっぱりわからんわ!」
「え〜?どうしてわからんのや?」
「お前は、本当に面白くない奴だ!面白くないくせに、人を笑わせようとするな!」
自信を持ってモノマネをやっていたのに、それが全然人に通じてないことを知ったNだったが、笑わせたい!という欲求が止むことはなかった。
暫くしてNは「新しい芸を開発した」と言って、わざわざ私の家にやってきたのだ。
「おい、ユーシン(私のこと)!前はよくもわしの声帯模写を貶してくれたな!今度こそ笑かしてやる!」
「またか……頼むから笑いの押し付けはやめてくれ。お前は何をやってもおもろない男や。そういう宿命なんや。俺は今、別に笑いたくない。だから黙って帰ってくれ!」
しかしNは
「そんなこと言わんと、これだけは見てくれ」
と懇願し、白目を剥いて震え始めた。
ブルブルブルブル……
頭の先から爪先まで全身を小刻みに震動させ
「うぉ〜!シ、シ、シビレる〜!」
と叫んだ。
「どうや!ユーシン!これが新ギャグ「シビレ」や〜!」
全く面白くない。
私は塩を撒いてNを追い返した。
それから約半世紀。
私は、今「シビレ」を思い出すことが増えた。
雑踏の中で孤独を噛み締めていると、ふいにNの「シビレ」が脳裏に蘇ってくる。
「……シ、シ、シビレる〜!」
私は、笑いを堪えることが出来ず、吹き出してしまう。そしていつまでも忍び笑いを続けてしまう。
道ゆく人達は、そんな私を不審の目で見る。
唇を噛み締めて笑いを殺そうとすると、ますます可笑しくなり、涙がツツーっと流れてしまう。
「シビレ」は50年早い笑いだったのだろうか?
抗い難い強烈な思い出し笑いを誘う至芸「シビレ」。
Nよ、今こそ「シビレ」芸で世に討って出るチャンスぞ!
だが……Nの消息は絶えているのだった。
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