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声優さんが来た!
私が高校に進学した頃に、最初のアニメブームが来て、アニメが幼児が見るものから、ティーンエイジャーも嗜むものに変わり始めた。
その頃の私は(実写)映画ばかり観ていて、アニメに対しては強い偏見があった。ティーンのアニメファンは頭の成長が遅れた奴らであり、アニメブームも一過性で、すぐに終わるものと思っていたのだ。
しかしアニメは確実に若者文化として定着し、廃ることなく現在にいたるわけだ。(私は乗り遅れたままで、今もアニメの嗜み方がよくわからない)
アニメブームと共に声優のファンも増え始める。それまでは声優というのは、メディアで取り上げられることがほとんどなかったので、顔が知られてなかったが、雑誌などで写真が公開される機会が多くなった。
しかしそれでも普通のテレビタレントのようには露出しないから、きちんと顔がおぼえられている声優はまだまだ少なかった。
当時はルパン三世の声優山田康雄もその顔をよく知られておらず「なんだか本人もルパンに似てるらしいよ」ぐらいの認識であった。
その山田が、地元の本屋でサイン会をするというので、興味のない私も誘われて見に行った。
田舎町だから声優とはいえ名の知れた芸能人が来ること自体が珍しく、本屋は黒山の人集りになっており、そのほとんどは女子中高生であった。
本屋のレジの横に置かれたパイプ椅子にちょこんと腰をかけている山田康雄は、小太りの中年男だった。髪型は角刈り。目は極端なタレ目で、鼻が低く、唇が捲れ上がっている。ルパン三世に似ているという噂は嘘らしい。
雑誌の小さな荒い写真で見た印象とはかなり違うようだが、あれは若い頃の写真だったのか?
山田は、予想以上に集まったファンに狼狽え、青ざめて少し震えているようだった。突然、脚光を浴びるようになった声優のリアリズムを感じなくもないが……
「キャーキャー!ヤスベェ!」
(顔もよく知らなかったくせに)愛称で声をかける女子たちに、山田は右手を挙げて
「わ…わてが…山田…山田康雄だす」
と小さい声で応える。
その声もテレビで馴染みのルパンの声ではない。しわがれており別人の声に聞こえたのだった。
サインは一枚1200円。さらに1000円を追加すると、山田本人がルパンのイラストを描いてくれるのである。
「私、奮発してヤスベェにルパンを描いてもらっちゃった!」
と目をキラキラさせる同級生女子に、その絵を見せてもらったが、あまり上手くない。ルパンというよりも、水木しげるの描くサラリーマンのようだ。
「ヤスベェは漫画家じゃなくて声優なんだから。上手いはずないじゃん。でもこのイラストは家宝にするわ!」
山田康雄サイン会は1週間ぶっ通して行われた。荒稼ぎをした山田は
「また来ちゃるけんね!」
と上機嫌で帰っていった。
来た時はサンダル履きだったに、帰る時はピカピカの革靴になっていたと誰かが言っていた。
その山田康雄が偽物であったことは数ヶ月後に判明した。
テレビに出演した山田康雄を見た女子たちは、最初
「あら?ヤスベェ痩せたわね」
と思ったらしいが、すぐに自分たちが騙されていたことを理解した。
本屋に抗議に行ったものもいたが
「うちも知らなかった」
と泣かれたそうだ。
現在以上に情報が閉ざされていた田舎では、こうした偽芸能人による詐欺事件がよく起こっていたのだ。(「萩本欽一来る」と幟に書かれた商店街の催しに、チンちゃんという紛い物が来たこともあったらしい)
特に顔がハッキリしない声優は、この時、多数の偽物がいたのではないか?
また、あの偽サインやイラストは、現在ネットオークションに流通しているという話も聞く……