戦慄のサバイバー
1971年。元日本兵の横井庄一が帰国した。戦後28年間。グアム島の密林で過酷な耐久生活を続けていたのだ。
「横井さんは、芋ばかり食って熱帯のジャングルを生き抜いたのだ」
と担任教師から聞かされ、当時9歳だった私は
「人間は、芋だけ食って28年も生きていられるのだろうか?」
という強い疑問を感じた。
飽食の時代を生きる小学生には信じられないことだった。
近所のデパートで「横井庄一奇跡の生還展」という催しが始まったので、私は友達と一緒にこれを見に行った。
これを見れば横井さんの食生活の謎が解けると思ったからだ。
「横井庄一奇跡の生還展」の入り口には、発見された時の横井さんの等身大写真パネルが飾られていた。
雑巾のようなボロボロの軍服を纏った横井さんの身体は痩せ衰え、左に微妙に傾斜していた。肉体疲労が限界を迎えて、真っ直ぐに立てないのだろう。
その顔は表情がなく、目はうつろ、口元はだらしなく緩んで、当然、歯も抜け落ちている。
私は
「やっぱり、芋ばかり食っていたからこんなになってしまったんだ……」
と納得し、とても怖くなってきた。
友人も
「東宝の「フランケンシュタイン対地底怪獣」のフランケンみたいやなぁ」
と怖がり、パネル横の入り口をくぐることを躊躇した。
きっと中には、こんな横井さんの写真がいっぱい飾られているのだ。
そこには白目を剥いて芋を貪り食っている横井さんや、川で無心に芋を洗う横井さん、洞窟の中で芋を眺めて絶望している横井さんの写真等もあるのだろう……
そんな恐ろしいものは見たくなかった。
私と友人は結局「横井庄一奇跡の生還展」を見ずに帰った。
帰りに駄菓子屋に寄ると、早速ブームに便乗した
「横井さんフーセングァム(グアムをガムにかけている)」
というのがあったので、これを買った。
ガムの包装紙には、槍を持ってゴリラと戦う横井さんや、大蛇に絡まれてもがく横井さんのイラストが描かれていたが、さすがに9歳でも「嘘だろう」と思った。
ガムは微かに芋の味がした。
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