
黒いモデルガンとスペクトルマン
1971年に銃刀法が改訂され、黒い金属製のモデルガンを所持することは違法となった。
金属製のモデルガンは黄色か白色に着色され、銃口を閉塞したものしか売ることも買うことも認められなくなったのだ。
模型店の棚から、黒い金属製のモデルガンは一掃され、代わりに置かれたのは「黄金色」の金属製モデルガンであった。
いくら何でも黄色や白では商品として成立しないので、妥協案として黄金色が採用されたのだろう。
黄金色の金属製モデルガンが納得できないファンのため、後にプラスチック(ABS樹脂)製の黒いモデルガンも発売され、結局、そちらがモデルガンとしては主流になっていったことを考えれば、やはり拳銃は「黒」であることに魅力の核心があった、ということだろう。
しかしプラスチック製のモデルガンには、ずっしりした重量感がなく、またひんやり冷たい金属ならではの手触りもない。
黒くあって欲しいが、金属のリアリズムは捨てられぬ。
そうしたマニアは、黄金色の金属製モデルガンを「黒く塗る」ことで、問題を解決しようとした。
もちろん、これは違法行為である。自身で塗装したものも銃刀法的には実銃の不法所持に準ずる犯罪となるのだ。
私の級友のGも、黄金色の金属製モデルガンをスプレー式ラッカーで黒く塗装した。
しかし、バラバラに分解し、各パーツを慎重に塗装したにも関わらず、そこには素人塗装故のムラがあり、また、いかにも「ペンキで塗りましたよ」的な質感の安っぽさが漂うのだ。細部には目立つ気泡も出来て、これらは何度塗り直しても解決できないのだった。
「ダメだ。これなら元の黄金色の方がましだ……」
モデルガンは安価な玩具ではない。塗りムラと気泡、そしてみるみる剥がれ落ちて地金が見えるラッカースプレーの食いつきの悪い塗装によって、高価なモデルガンは台無しになってしまったのだった。
それでも「黒い金属製のモデルガン」が諦められないGら少年青年たちの願望に応えて現れたのが、ネビュラの星から来たスペクトルマンである。
その男は光沢のあるベージュのシャツの上に濃い茶色のチョッキを着ていた。そしてその腰には大きな丸型バックルのベルトが巻かれていたのだ。
つまり彼はテレビのスペクトルマンと同じ装束の中年男なのだ。
いや、似ているのは衣服だけではない。顔もノミで削いだように、角ばっており、黒縁サングラスの下の目が異常に吊り上がっている。髪型は中央が尖った変形リーゼント。
……そう、彼は服装だけでなく、顔もスペクトルマンそのものだったのだ。
「スペクトルマンのおっさん」は、模型店の前の陸橋の下に立っており、模型店のモデルガンコーナーを眺める少年に
「おい、お前。わしがモデルガンを黒に染めたろか?」
と甲高い声で話しかけてくるのだ。
「一丁5千円で、お前の金色のモデルガンを本物そっくりの色にしちゃる!真っ黒。漆黒や。ペンキやラッカーと違うでぇ。ガンブルーっちゅう特殊な液を使うんや。これは誰にでもできる技術とちゃうでぇ。わしはプロや!プロの染め師なんや!どうや?わしを信じて、モデルガンを預けてみんか?納期は1週間や。ただし、お代は先払い」
どうしても黒い金属製モデルガンを手にしたいGは、この名前も名乗らず、どこに住んでいるのかもわからない怪しい「染め師」の話に乗り、手に入れたばかりの黄金色のコルト・ガバメントと、親の財布からくすねた千円札5枚を渡してしまったのだった。
1週間後の夕方。
模型店の前の陸橋の下にはたして「スペクトルマンのおっさん」は現れなかった。
(やはり騙されたのか……)
Gが肩を落として帰ろうとすると、自転車に乗った5歳ぐらいの薄汚いガキが猛烈なスピードで近づいてきた。
「これ。父ちゃんからや!」
そう言うとガキは、Gにダイエーの紙袋を押し付け、そのまま振り返りもせずに走り去っていった。
紙袋の中身はスペクトルマンのおっさんが漆黒に染めたコルト・ガバメントだったのか?
……否、残念ながら、そうではなかった。
袋の中身は「ポケット版・世界女おんな図鑑」という、女性の局部を黒く墨で塗りつぶした猥褻な写真集であり、価格は500円とあった。
さらに本の表紙裏に紙片が挟まれており、そこには
「コレデ カンベン シテクレヤ」
という汚い文字が書かれていたのだった。