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電柱でござるマイ電柱でござる

 一時期、度を過ぎたオーディオ・マニアが自宅前に「マイ電柱」を立てることが話題になったが、あれは効果があるのだろうか?

ある。

「俺はここまでやったぞ!」
という強い精神的高揚感が、聴覚・脳髄に異変を生じさせ、同じオーディオ機器から聞こえる同じ音を数段優れた美音に聞こえさせるのである。

 ひとたびオーディオ機器の電源スイッチを入れれば、マイ電柱から「良質の電気」が怒涛の如くに流れ込む錯覚を招く。
「良質の電気」を吸ったオーディオ機器は、これまでの貧しく低劣な電気に汚された内部機構が一掃され、あたかも長年滞留した宿便が腸内洗浄にて洗い流されたかのようなスッキリした美音を奏でるよう、健全化するのである。

 もちろん、町内でもマイ電柱は噂になる。
……が、その噂は決して良い噂ではない。
「あの家の旦那さん、頭が変になって庭に電柱を植えたんですって」
「まぁ……よりによって電柱ですって?不潔ざますわねぇ……奥さんも大変だわね〜」

 やはり一般の人には、私物として電柱を所有する行為は、狂気としか映らないのだから、その噂話は口に掌を添え、耳元で語り合う悪口となる。
 しかしマイ電柱の所有者は、そのヒソヒソ話すら、自身のオーディオ・ライフに対する賞賛に聞こえるのだから不思議だ。
「町内の皆がマイ電柱に注目し、私のオーディオにかける精神の気高に圧倒され、声すら顰めて褒め讃えているのだ!」

 2階のオーディオルームの小窓から夕日に延びる自宅の電柱の長い影を眺めるたびに度に、こんな甘美な錯覚に浸れるのだから、オーディオ愛好の同志は、マイ電柱を立てることに躊躇しなくともよい。
 2本でも3本でも、好きなだけ立てまくればよいのである。

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