見出し画像

嗤う老人 オーディオの衰退と現状

 80年代までのオーディオ専門店は、どの店にも、奥の席に座ってタバコを吸っているお爺さんがいた。
このお爺さんは所謂「お得意様」だ。
その店で高級なオーディオ製品を購入したことで店主に認められ、一日中、そこにいることが許されているのだ。
 せっかく高級な製品を揃えたのだから、家に篭って音楽三昧の生活をおくればいいのに、お爺さんにとっては、ここでふんぞり返っている方がずっと快適らしい。

 若い頃の私は、こうした上得意客の存在を知らなかったから、彼らこそ店の主人、店長である、と思っていた。
 同様の老人はどの町のオーディオ店にもいたので、私と同じ勘違いをしていた人も多い。
「オーディオ店の店長というのは、どうして皆、横柄で客を見下げたような態度を取るジジイなのか?」
という意見がよく聞かれたが、それは実は店主ではなく、上得意の客だったのだ。

 爺さんは時々、客にちょっかいを出す。
「あんたの使ってるスピーカー、どこのメーカーや?値段はなんぼや?
あまり感じの良い質問ではない。
「……オンキョーの5万ぐらいの……」
と答えると、爺さんはニヤリと笑い。
勝った
と言う。
「わしのは一本200万円。舶来やで!」

 こんなことを言われて気持ちが良いはずがない。客は、呆れて帰ってしまう。
しかし店主は、爺さんがこうした暴言を吐いても咎めない。
何故なら爺さんは上得意客だからだ。
眺めるだけで買いそうにない客をもてなすなら、爺さんをいい気分にさせて、高級品をどんどん買ってもらう方が得だからだ。

「最近の若い者は、金の使い方を知らん。たった5万円で音楽を楽しめるか!もっとも、あいつは30年経っても、わしの一本200万のタンノイは買えんだろうがな!ガハハハハ!」
優越感に浸る爺さんに、店主は揉み手をして
「全くその通りで御座いますね〜。キヨザキ様のタンノイは日本にまだ2台しかありません……」
とさらに快感を与えるのだ。

 高価なブランド製品に手が出ない客を蔑むために、爺さんは店に居座っている。否、その為に高級品を求めているのかもしれない。

 だが、そんな爺さんも、いつまでもそこに居られるわけではない。
さらに高級な製品を買う別の爺さんが現れたら、奥の席はその人に代わるからだ。
「グワー!ハッハッハ!一本200万程度で大きい顔する者もいたようだが、わしは一本300万じゃ〜い!」

この循環がオーディオ業界を動かし、結果的には衰退させたのだ。

 今、まだオーディオをやっている人は、若い頃、爺さんに蔑まれたり罵られたりした人たちだ。
 しかし現状、オーディオ専門店は非常に数少なく、地方では壊滅状態。ゆえに彼らには上得意様としてふんぞり返る場がない。
あるのは価格コムの掲示板やSNSだ。
そういうところに、あの爺さん達の残り香が微かに漂っている。

いいなと思ったら応援しよう!