疑惑のライダー少年 暴かれた仮面
「仮面ライダー」が人気の頃、すでにテレビの普及率は90%を超えており、子供のいる家庭には大概テレビが備わっていた。しかしまだカラーテレビがない家庭は珍しくなかったし、電波が届かない地域に居住しているため、テレビがあっても「仮面ライダー」は見たことがない、という子供もいた。
私のクラスのYの家の白黒テレビは、「台風の日に川を流れていた」ものだった。これを拾ってきて1週間天日干ししたところ、ちゃんと映るようになったのだ。
しかしYの家にはアンテナがなく、視聴できるのは地元ローカル局とNHKだけだったため、人気の「仮面ライダー」を見ることは出来なかったのだ。
だからYは土曜の晩になると、うちに来て「仮面ライダー」を見るようになった。
初めは私の両親もこれを歓迎していたが、だんだんYを疎むようになった。
理由は「Yが来ると、うちのものが無くなる」からだ。
万年筆、時計、本、玩具……など、テレビの設置された部屋の小物が、Yが来るたびに消えるのだ。
Yの手癖が悪いことは私も知っていた。文房具店で当時流行った「スパイ手帳」を万引きしたこともあったし、学校の理科室のフラスコを盗んだこともあったのだ。
Yがうちのものを盗んでいるのは明らかだった。
うちの両親はおとなしい人だったので、Yを問い詰めるようなことはしなかったが、
「テレビが壊れた。暫くテレビは見られない。だからもう来ないでくれ」
と嘘をついて、Yを追い返した。
Yはあっさり諦めて帰ったが、翌週の月曜の朝、私にこう問うた。
「お前の親は、俺が嫌いなんだろう?」
私は「そんなことはない」と言いたかったが、まだ小学3年生だ。目が泳ぎ、言葉が出ない。
貧しさゆえにスレているYは、こうした態度を見逃さないのだ。
「俺が何で嫌われるんや!」
と怒り、私の腹をグーで殴った。
暴力に屈した私は
「……うちの親は、君が泥棒だと思っている」
と正直に言ってしまった。
その日の晩。うちにYの父親が来た。
(これは大変なことになった……)
私は怯えた。
Yの父親は身長が2m以上ある大男で、若い頃に刑務所にいたという噂がある。顔もジャイアント馬場そっくりの凶相だ。
「うちの子を盗っ人扱いしたんは、お前らか!」
という怒鳴り声が響く……と思ったが、Yの父親は、その巨体を折り曲げ、玄関の土間でガバッと土下座をしたのだった。
「うちのバカ息子がご迷惑をおかけしたそうで……まことに申し訳ございませんでした……」
巨体に似合わぬ小さな声で詫びる父親は、ポケットから万年筆、サングラス、文庫本などを取り出した。
「……愚息を問い詰めますと、お宅からこれを持ち帰ったと……本当にすまんことをしましたぁ〜ウウウウ……」
父親は体を揺らし、涙を流して許しを乞うのだが、それは子供の私が見ても芝居がかっており、ドサ周りの三文役者の様だった。
父親はこうした状況に慣れており、何度もこの臭い芝居で乗り切ってきたのだろう。
私の両親は、とにかくややこしいことになるのだけは避けたいので
「返してもらえばいいです……坊ちゃんも反省しているようですから……」
と許し、なおも嘘泣きを続ける父親を見送った。
Yの父親が返却した小物の中には、最も高価な腕時計は含まれていなかった。
(これは私の想像だが、帰宅した父親はYに「今度からは、もっと上手いこと盗まんかい!」と怒ったのではないだろうか?)
以後、Yは私に近づかなくなった。土曜の晩は、隣のクラスの誰かの家に行くようになったらしいのだが、暫くしてYの家は、火事を出して全焼した。
多分、あの川で拾ったテレビが火を吹いたのだと思う。