キャプテン・ウルトラ対メガトン・コンダーラ
私が幼稚園児の時、特撮テレビ番組「ウルトラマン」が大人気だった。
我が家にはちゃんと映るテレビ受像機がなかったため、私は毎週日曜の晩になると親戚のおじさんの家に行き、「ウルトラマン」を見せてもらっていた。
おじさんは厳しい人で、私を
「こんなもんばかり見てたらアホになる!」
と毎回叱り、機嫌の悪い時はテレビのスイッチを切ってしまうのだ。
すると私は泣き真似をして
「今回だけ。今回だけは見せてくれ」
と懇願する。
厳しいおじさんも泣く子には勝てず
「今回だけやぞ。これで最後やぞ」
と渋々スイッチを入れてくれる。
この繰り返しは大変なストレスだったが、私にとって「ウルトラマン」はこの辛苦を乗り越えてまで見る価値がある番組だったわけだ。
我が家にも、まともに映るテレビが設置され、やっとおじさんの家に行かなくてもよくなった。
しかし、その日「ウルトラマン」は最終回であった。
せっかくストレスなく番組を鑑賞できるようになったのに、ウルトラマンは星の彼方に飛び去ってしまったのだ。
翌週より新番組「キャプテン・ウルトラ」が始まった。しかし同じ「ウルトラ」でも、こちらは私の心に響くことはなかった。
「ウルトラマン」に比べるといかにも安っぽく、怪獣もチャチに見えた。
それだけではない。私は主人公キャプテン・ウルトラが気に入らなかったのだ。
なぜなら、キャプテン・ウルトラは、当時うちに出入りしていた「何でも屋のおっさん」にそっくりだったからだ。
「何でも屋」というのは、その名の通り、金を貰えば何でもやる職業で、掃除洗濯子守といった家事の他、店番、引越しの手伝い、野良犬の駆除、小さい大工仕事、包丁研ぎ、お祭りの準備……等をする。
キャプテンにそっくりな「何でも屋のおっさん」は「N夫はん」といい、私の祖母が気に入って、庭木の剪定などを頼むことが多かった。
私はN夫はんが嫌いだった。
嫌いというよりも怖かった。
それは近所の噂で
「N夫はんは監獄に入っていた」
と聞いていたからだ。
当時の私は刑務所に入る人は泥棒か人殺しと決めつけていた。
N夫はんは多分、人殺しだ……と思っていたのだ。
祖母は「N夫はんは本当に働き者じゃ」と高く評価し、時には小遣いも与えていた。私は祖母がN夫はんに騙されていると思い
「N夫はんは昔、監獄にいたらしいから気をつけなあかんよ」
と注意した。すると祖母は
「N夫はんは改心して、いい人になったんやで。刑務所で勉強して字も書けるようになったんよ」
と言うのだ。
(N夫はんは監獄に入るまで字も書けなかったんだ……)
私はますます怖くなった。
流石にこの時代(昭和42年頃)には、文盲の人は少なく、私の周囲にはそんな人はいなかったからだ。
当時、うちの周囲の道は、まだ舗装されてなかったのだが、急激に開発が進み、うちの裏の坂道もアスファルトが張られることになった。
その道路工事にN夫はんの姿があった。
私は自宅の2階の窓からツルハシを振るN夫はんを恐々眺めていた。
(本当にキャプテン・ウルトラにそっくりだ……まさかキャプテンその人ではないだろうな?いや、そんなはずはない。キャプテンが監獄に入っていたはずがない。字が書けなかったはずがない。道路工事をやってるはずがない)
そのうちキャプテン、いや、N夫はんが顔を上げ、私の方を見た。
「あ!坊ちゃん!コンニチハ!」
悪人に思えない満面の笑顔。澄んだ目。白い歯。
しかし私は咄嗟に視線を外して、窓を閉めたのだった。
その数日後、土砂降りの雨の中でも坂道舗装の工事が強行されていたのだが、事故が起こった。
坂の上に置かれた整地用ローラー(アニメ「巨人の星」以降「コンダーラ」という名称で呼ばれる)が滑落・暴走したのだ。
この事故で、土木作業員数人が重傷を負ったが、その中にN夫はんもいたのである。
「N夫はんは、転がるローラーを止めようとして、前に飛び出したんや。アホな奴や!ローラーは270貫(1トン)もあるのに……」
それから数ヶ月経った9月のある日。
N夫はんが足を引きずりながらうちにやって来た。
「お世話になりました。わし、こんな体になったけん、田舎に帰ろうと思う」
祖母は
「N夫はんならまた出直せる。やっていける」
と涙ぐんだ。
N夫はんは私に
「坊ちゃんも元気でな。くれぐれも坂道には気ぃつけなさいよ」
と言って、ニカーっとあの屈託のない笑顔を見せるのだった。
どこからどう見ても「キャプテン・ウルトラ」だ。
私も悲しくなってきた。
N夫はんって本当に悪い人だったのかな?
「じゃあ、わしは行きますけん」
N夫はんは、颯爽と自転車に飛び乗った。自転車にはボロボロの大八車(リアカー)が結えてあり、そこに箪笥、ちゃぶ台、座椅子、電気スタンドや汚い布団といった大量の荷物が積まれている。亡くなった御母堂の写真や「ひらがな練習帳」もある。これがN夫はんの生活の全てなのだろう。
大変な重量だと思われるが、N夫はんは「エーイ!エーイ!」と叫びながら、一生懸命にペダルを踏み、自転車は黄昏の街を意外な速さで走り去っていくのだった。
(「キャプテン・ウルトラ」は同月に最終回を迎えている)
※「コンダーラ」は「巨人の星」の主題歌「思い込んだ〜ら」を「重いコンダーラと勘違することで広まった名称。
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