14 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 「追跡2」巨額詐欺事件〜
手こずった預託金1550万円
ここからは、これまでに紹介した「Z会事件」の詳細を、関係者の証言や報道や裁判の資料、弁護士記録などをもとに明らかにする。
Z会の関連会社から、7億5千万円を横領した事件(詐欺事件)における判決文には、次のような箇所がある。
【ところで、関係各証拠によると、被告人は本件犯行の後、元の配偶者に対して1500万円余の現金を預託していることが認められるところ、分離前相被告人宮 の公判供述中には、被告人が本件公判の過程で宮川に対して本件犯行の報酬として3000万円を受け取ったことを話したとする部分があり、これによると上記預託金員はその一部である可能性は否定できない。しかし、他方、被告人は上記の宮川に対する発言自体を否定し、上記元配偶者に預託した金員は探偵業による収入である旨を供述する】※筆者が仮名に修正
この判決文を読む限り、捜査当局は竹中が元妻に預けて隠しておいた1500万円余(1550万円)を提出させたものの、実際、いくらが探偵で稼いだ金で、いくらがZ会事件で得た金なのか、裁判所ですら決めかねていることがよくわかる。
吉永が逮捕されるまでは、当局は、主犯は竹中であると決めてかかり、9千万円をどこに隠したかと追及していた。しかし吉永が逮捕されて供述を始め、アサクラの関与が分かってくると、アサクラが「主犯」なのだとする竹中の主張が通るようになる。
竹中は、逮捕後、警察の留置所から弁護士に宛てた手紙には、「今日、アサクラをパクってくるぞ。楽しみに待ってろと捜査官は言うようになったが、一向にアサクラが逮捕されたという話はなかった」などとある。
アサクラという男が9千万円を持って逃亡してしまったと竹中は供述しており、それでは面子が立たないのは警察や検察である。捜査員らは聞き込みを続けて、アサクラの尻尾を掴もうとしていたのは事実であろうと思われた。
留置所で取り調べを繰り返して、斎藤刑事は、ようやく元妻のところに、竹中の隠した金(1550万円)があることを突き止めた。
竹中は「Z会事件で手にした金は100万円だった」と供述し、その後の裁判でもそのように主張していた。しかし(のちの竹中の告白のように)竹中がZ会事件で手にした金は2800万円と考えたほうが辻褄が合う。運搬役の宮川も「竹中は3千万円を受け取ったはず」だと証言していた。
これとは別に、竹中は吉永が持ってきた400万円を受け取っており、労働組合の幹部を失脚させるという案件でアフラトキシンを京都の会社に販売した仕事の分け前として、1千万円の半分の500万円も手にしている。さらに、海外にいる依頼人から、新聞記者をしている夫の愛人を別れさせる案件での金も受け取っている。
年間売上レベルでは数億円、現金は少なくとも5千万円はあったと考えられる。
それらのうち竹中は、3200万円を元妻に預け隠させておいたが、そこからも竹中は配下の者の独立のために金を気前よく配っており、元妻宅に隠させた金額は1550万円にまで減っていたというところが真相だろう。
探偵業の売り上げと奪った金とは混ざっており、のちに任意提出された1550万円が、すべてZ会から奪った金でないこともまた事実だった。
本来ならば、警察の取り調べで竹中が供述しなければ、離婚した元妻に隠させた金は簡単には見つからないはずだった。証拠や供述がなければガサ入れもできず元妻のものは押収できない。
ここは警察のうまかったところで、竹中の現金があることを白状させた時点で警察の勝ちだった。しかしなぜ、そこまで金に執着する竹中が元妻に預けている金があることを言ってしまったのか。
竹中には刑を少しでも軽くしたいという思惑があった。そのためにZ会から奪った現金は100万円しか手にしていないと偽証する一方で、自分には探偵業でそこそこの稼ぎがあったと言い張っていたのである。しかし探偵業での収入を証明するものは何もなく、辻褄が合わない。探偵業で稼いでいた証拠を出してみろと斎藤刑事からしつこく言われていた。
「お前が探偵で稼いでいるというのはウソだろ。盗んだ金で遊んでいるだけだろ」
「いや、探偵業で稼いだ金ならあるよ」
竹中が口をすべらした。これが竹中の敗因だった。刑事はすぐさま元妻のところに行き「竹中の金を預かっているだろう」と、いまにもガサ入れをするかのように脅した。驚いた元妻は元夫を助けるための「任意提出」ということで、隠し場所である東急のレンタルボックスを案内した。隠しておいた金は押収ではなく証拠として任意提出することになり、いずれは竹中に返すものとして処理された。
警察も、竹中には「いずれは返す」と説明していたので、竹中は、その金を返してもらうべく弁護士に要請した。
竹中は、万世橋署から弁護士を通じて知人の女性に手紙を発送している。
【(元妻の名)に預けていた現金はオレの収入の証明や被害金額に関わりない事の証明の為、仕方なく任意提出してある。弁護士を通じ、速やかに返還するよう検事と調整。手続き中です】(竹中から、某女性に当てた手紙/2006年5月5日、記)
竹中はあくまで任意提出のつもりである。万世橋署から検事に対しても上申書を送っている。
【私の所持金、一金、壱阡伍佰萬圓が不当に警視庁神田警察署に保管されて居ります。速やかに返還をして頂けるよう、慎んで御願い申し上げます】(森田秀人検事宛てに送られた上申書/同年5月11日、記)
竹中にとっては、なけなしの金であり必死である。弁護士へ書いた手紙には、この金のことだけで相当数あった。
竹中に「任意提出」した金の取り戻しを頼まれた弁護士は、竹中に進捗状況を説明するものの、「1500万円は任意提出ではないと検察に言われた」と次のように釘を刺していた。
【金銭の還付については、任提品ではなく、押収(捜索差押え)されたものであって、検察官は、最初そのうち返すと言っていたが、分配金の一部が含まれている可能性もあるので、今直ちに返還するわけにはいかないと考えるに至ったので、返金の可否については今しばらく時間がかかる、との返事だった。したがって、還付手続きはとったものの、還付されるに至ってはいない。(略)そのようなわけで、現在、当職の努力も実らなかったが、とりあえず第2回公判である31日まで待ってほしい】(弁護士から竹中に送られた手紙/同年5月23日、記)
弁護士も、押収(捜索差押え)という表現を使い、竹中に諦めさせようとするが、竹中にとっては到底納得できる話ではなかった。
一般的には竹中の家にあろうと元妻の家にあろうと、こんな犯罪を起こした者の金品は没収されて当たり前だと考えるだろう。捜査当局も当初より没収する前提だったに違いない。しかし一連のやりとりを見ると、警察官、検察官、弁護士、裁判官が、ともに対応に苦慮している様子もうかがえる。
ともあれ、「竹中はZ会から奪った金ではなく自分の稼いだ別の金だ」と言い張るので、法的な瑕疵を残さないよう処理が行われた。
同年7月10日には、Z会が債権者としての申し立てを行い「仮差押決定」をした。東京地裁は債権者を株式会社Z会による申し立てを相当と認め、警視庁神田警察署は「還付請求権」を仮に差し押さえるとしている。これによって「任意提出したものなので金を還付せよ」との竹中の請求は退けられ、法的な解決を見た。
竹中は納得がいかず、次第になりふり構わない状態になっていく。
【上野勝様 前略。東拘(※東京拘置所の意)に移ってから、手紙も出せず、今日になってようやく電報が出せる始末。大変難儀してます。Z会側から、仮差押えの通知が在ったので、先生を向かわせる電報を急ぎ慌わて(原文ママ)本日送りました。申し訳在りませんが、先方の事務所に行って話をつけて下さい。報酬は弾みますから!!助けてください!!お願いします。東京拘置所在監 竹中誠司※拝礼】(竹中から弁護士に送られた電報/同年7月19日、記)※=筆者が仮名に修正
【私の銭を守ってくれないと、先生に支払う銭が暫く遅くなりますから、ご自身の為にもオレの銭を守って下さい。頼みます】(竹中から弁護士に送られた手紙/同年8月18日、記)
往生際が悪いというのは、こういう状況を指すのだろう。
すさまじい金への執着が見て取れる。だが一旦持って行かれた金が竹中に戻るはずもなかった。結局のところZ会が損害賠償を請求し、竹中が任意提出したその金は、被害の弁済に充てるという流れになった。
竹中の言うところの法廷戦術は、吉永とアサクラに主犯を押し付け自分が従犯になり減刑されたという意味では成功した。だが元妻に隠させた1550万円は弁済に充てられたため、この事件で竹中が手にしたのは逮捕までに浪費した金のみである。実刑4年の判決が下され、前刑の執行猶予期間中のため、5年3か月収監されたことを考えれば、到底、見合うものではなかった。その大半は盗んだ金であるが、竹中にとっては自分の金である。
「あの金があればなあ」
彼は事件から15年以上たったいまでもため息をつく。
いわくつきの小切手
非合法をうたうような探偵事務所を経営し多数の犯罪に手を染めてきた竹中と、吉永のように高学歴で一流企業に勤務する人間では、捕まったときのリスクも違う。そんな優秀な吉永がどうしてこんなくだらない犯罪を起こしたのかというのはもちろんある。
さらに、前述のように、なぜ吉永は、勤務する会社から大金を奪うという行為に踏み切りながらも、換金するのにハードルの高い小切手をもらうことで納得したのか。また、竹中は逮捕後に、刑事から「5億円の小切手が名古屋で呈示された」と聞いている。謎は深まる一方だった。
たとえば、通常、小切手が盗まれたりしたような場合には、振出人は支払銀行に「事故届」を出し支払いを拒絶してもらわなければならない。そうすると小切手の取得者が呈示期間内に手形交換所を経由して呈示してきた場合には、銀行は、「紛失」や「盗難」という不渡り付箋をつけて支払いを拒絶する。しかし、そうなると2号不渡りとなるので、振出人は不渡り処分を避けるために、異議申し立て制度によって処分を猶予するように主張することができる。Z会はすぐさま、こういう動きをしたのだろうか。
ところが竹中はこれを否定する。
「いやいや、あのねえ。いまさら何言ってるんすか。小切手を振り出したのはZ会ではなく信金ですよ」
「え、そうなの」
「決まってるじゃないすか、もう」
「ああ、そうか、振り出したのは信金か」
恥ずかしいことだが、いつからかわたしは、奪われた小切手にはZ会の社名が入った「Z会が振り出した小切手」だと勘違いしてしまっていた。
「まず、UFJから信金の口座に7億5千万円を振り込んでるんすよ。それは、信金が、現金は1億しか用意できないと言うんで、その残りを小切手にしたんすよ。だから、Z会が振り出した小切手ではなくて、アサクラや吉永が持っていったのは信金が振り出したもんですよ」
考えてみれば竹中の言うとおりだ。Z会の職員を装った女は、Z会の口座から運搬役の男の信金の口座に7億5千万円を振り込んでいる。その金はすでにZ会を離れているものだから、そこで運搬役の男が信金で受け取った6億5千万円分の小切手(額面5億円と1億円と5千万円)の3枚はZ会が振り出したものであるはずがない。とすると竹中の言うようにそれは「銀行振出小切手」だったと考えるべきだろう。
銀行振出小切手という預金小切手は、「よて」と呼ばれ、いくつかの種類はあるが、信頼性が高く現金と同様の扱いとなる。
「だからすね、いろいろな手形や小切手が出回るなかでも、銀行が振り出すんですから信用があるんすよ」
失笑されてもしかたのない、わたしの大きな勘違いだった。ただ、この「よて」の場合、口座に小切手相当分の預金残高がなければ銀行は振り出せない。しかもこの信金の口座は事件によりすぐに凍結されたはずだ。弁護士の書いたメモには「小切手凍結」なる一行もあった。そんな場合に、その小切手による被害が出る可能性があるのだろうか。またわたしはわからなくなった。
いわくつきの小切手でも現金化はできると竹中は言う。
「金のない女が、夫のキャッシュカードや保険証とか免許証をじゃんじゃん持ち込んで、依頼金の代わりにできないかとか、クズ手形を持ち込んで金にしてくれとか、そんな話はざらにありましたよ。ただ、そういう『紙』は面倒くさいですよ。額面の100分の1とかにしかならないし。ただこの小切手の場合は、即座に詐欺師とかに売れば、そこそこの金にはできたとは思いますけどね」
倒産する日が決まっているような会社が振り出した手形は、通称「ポンテ」などと呼ばれ、そういう危うい手形をうまく仕込んで金にする専門の詐欺師もいる。古くから反社会には「会社屋」と呼ばれるような危ない手形や小切手を買い取りする「センター」、そういうモノを安く買い取る「沈め屋」、地下組織に流してマージンを得る「紙屋」などがある。またカード情報や戸籍などを売りさばく「情報屋」なども暗躍していた。
ただ、アサクラが用意周到な人物であれば、もっと違う方法を考えたのではないだろうか。たとえばZ会の犯行と同時進行で別の大きな取引を事前にしかけておいて入手した小切手を即日、取引に使用するなどである。
わたしには、竹中の話のなかで、すっぽりと抜け落ちている6億5千万円の小切手のゆくえが長く気になっていた。しかも小切手の線は、たとえ細くても確実にアサクラにつながっているように思えたからだ。
5億円の小切手はどうなったのか
(15につづく)
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン
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