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6 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」悪党 7億5千万円の横領
※ご注意/本稿における報道資料中の容疑者等の実名は、筆者が、仮名に修正あるいは削除しています
7億5千万円の横領
アサクラが実在する人物かどうかすら確信が持てないなかで、竹中の話を聞き続けてきたわたしも、これではがあかないと思うようになった。そこで方針を転換することにした。まずアサクラが主役を演じたというZ会の巨額搾取事件なるものを、報道資料をもとに徹底して紐解く。そこにアサクラの足跡を捜すことにしようと。
竹中からの情報を整理しながら調べてみると、2006年にZ会の事件はさまざまに報じられていた。
朝日、読売、毎日、共同、日経、産経、時事といった主要新聞、静岡新聞、NHK、民法テレビなどが、ほぼ一斉に竹中らが逮捕されたことをもれなくニュースにしていた。
「Z会」といえば知名度の高い通信教育の会社だ。その関連会社である対面教育という塾の、銀行預金を盗んだというのである。
たとえば毎日新聞は、「Z会関連会社・不正引き出し 7億5000万円詐取容疑、3人を逮捕」との見出しで次のように報じていた。
【通信教育で知られる「Z会」(静岡県長泉町)関連の塾経営会社だった「Z会対面教育」(東京都千代田区、2月に「Z会」に統合)から約7億5000万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課と神田署は24日、さいたま市西区峰岸、探偵業、竹中誠司※(34)▽千葉県船橋市、トラック運転手※(33)▽千葉県緑区、無職女性※(33)の3容疑者を詐欺と偽造有印私文書行使の疑いで逮捕したと発表した。
調べでは、竹中容疑者らは共謀し、昨年7月、不正に入手した同社の預金通帳などを使い、同社の口座から7億5000万円をだまし取った疑い。両容疑者※は容疑を認め、竹中容疑者は「かかわっていない」と否認している。通帳は7月に盗まれていた。トラック運転手※は竹中容疑者から通帳を受け取り、銀行で不正手続きをするよう依頼されたといい、同課は竹中容疑者が通帳を入手した経緯を追求する】(毎日新聞 2006年2月25日)※=筆者が氏名を削除・修正
警視庁捜査2課と神田署が捜査したこともわかった。これは竹中の話と相違なかった。そして竹中と運搬役の男、出し子役の女が逮捕されたことが報じられていた。
しかしである。この記事には、肝心の、アサクラという男が逃げたことは書かれていない。わたしの常識では犯人が逃亡している場合、それをマスコミは書くはずだ。わたしの常識はマスコミのそれと違うのか。それともやはりアサクラは竹中の想像上の人物でわたしが竹中からだまされ続けているのか。
記事の書かれた背景が知りたいと思い、朝日新聞社に電話をして、記事を書いた記者と話すことができた。しかし「事件や裁判はその後、追っていない」とのことだった。古い話なので、事件を思い出すのも大変だった様子である。
一方、読売の記事には「探偵社イリーガル経営竹中容疑者(34)※」と、たしかにイリーガルという会社名が書かれていた。
記事内容は各社とも大きな違いはなく、いずれにもアサクラの記述はなかった。なぜなのか。
同じ年の3月17日の産経の記事を見てみると、Z会の関連会社経理担当の社員、吉永徹(仮名)が逮捕されたことが書かれており、さらにその後の記事では、その吉永に懲役5年の実刑が言い渡されていたことも判明した。
古い事件でなければ、こういった記事への問い合わせもそれほど難しくはない。マスコミも情報を欲しがっているので協力的であるし捜査機関もまたそうである。また裁判を傍聴すれば詳細がわかる。ところが事件が古くなると裁判や捜査の資料も廃棄されており、小さなことを確認するのは至難の業である。
わたしを驚かせたのは、この年の3月14日付の中日新聞の記事だった。
そこには、「マスク、眼帯姿で送金依頼 Z会関連塾詐欺容疑者 銀行、会社に確認せず」とのタイトルが踊っていた。
記事を読みながらわたしは思わず吹き出した。銀行の窓口に行った出し子役の女は、あろうことか、眼帯をしており、マスクも着け、さらに手袋をはめるという怪しげな風貌だったというのだ。
「あの超デブな女がそんな変装して」と竹中は笑うが、竹中が彼女を見たのはZ会事件で逮捕された後のことで、事件のころは、その出し子の女とは一度も会っていないのである。
以下は、その中日新聞の内容である。
【(略)詐欺容疑などで逮捕された無職の女性容疑者※(33)は、顔にマスクと眼帯をかけ、手袋をはめた姿で東京都内の銀行支店窓口を訪れ、七億五千万円の送金を依頼していたことが、関係者の話で分かった。銀行側の対応次第では犯行を防げた可能性もあるが、この銀行では「法人取引の本人確認は印鑑と通帳で成立する。現時点で落ち度はなかったと思う」としている。
Z会対面教育の口座が開設されていたのは千代田区のUFJ銀行(のちの三菱東京UFJ銀行)神田支店。同行によると、同支店内の防犯カメラにも容疑者※の不審な姿が確認されていた。ただ、送金依頼を受けた同行は送金に関し、同対面教育側には確認をしていなかった。
警視庁の調べでは、この口座の預金通帳や印鑑は、暗証番号を知らなければ開けられない二つの金庫に保管。それにもかかわらず通帳などが不正に持ち出されていたことから、同対面教育の関係者が犯行に関与していた可能性もある。
容疑者は昨年七月下旬、同支店で預金通帳と偽の払戻請求書などを提出、同対面教育の口座から預金七億五千万円を千葉県船橋市内の信金の口座へ送金しだまし取った疑いで先月二十三日、逮捕。振り込みなどを指示した探偵業竹中誠司※容疑者(34)と運転手※の容疑者(33)も逮捕された。】(中日新聞 2006年3月14日)※=筆者が氏名を削除・修正
この記事からは、見るからに怪しい女に銀行がやすやすとだまされたことに、記者が強い疑問を持ったことが読み取れる。
当時のことを聞きたいと思い、今度は、中日新聞社に連絡して社会部の人に書いた記者を捜してもらった。しかし古い記事であり、記者を特定することが難しいとのことだった。
ただこの記事は、Z会側にかなりのインパクトを与えた可能性があった。というのは、後述するように、その後、Z会側は、不正な送金を見抜けなかった銀行を、民事で訴えているからである。
銀行には防犯用の監視カメラがある。窓口カウンターやATMは絶えず録画されている。出し子の女は自分が特定されないためには顔を隠すことが必須だった。とはいえ目と口を隠して手袋をはめた怪しい女が、銀行の窓口で7億5千万円もの送金を依頼するというのは、もはやマンガである。
この記事にもアサクラという男はまったく登場しない。もしアサクラという人物が関わっていたのならば、そこに疑問を持ったこの記者ならば、アサクラのことも記事にしても良さそうなものである。ニュースのデータベース検索に加え、新聞の縮刷版やマイクロフィルムなどでも当時の記事を追ったが、アサクラに触れた記事は見当たらなかった。
ある日のこと、わたしは、この事件を扱った新聞各社の記事を出力して、オフィスの机の上にずらりと並べて漫然と眺めていた。
すると、その日までは気づかなかった産経の記事に目がぴたりと止まった。そこには「インターネットを通じて知り合った人物を介して、竹中被告に犯行を持ち掛けた」とあった。
インターネットを通じて知り合った人物って? 何だ、この記事。
「これ、アサクラのことじゃないかな」
K女史に記事をわざわざ見せに行くと、彼女も仕事の手を止めて一緒に見てくれた。
「これはね。竹中が逮捕されて3か月後ぐらいの、東京地裁初公判のことを書いてるんだよ。ほらここ、ここに、インターネットを通じて知り合った人物って書いてあるだろ。これってもしかしてアサクラのことじゃないかな。Z会の吉永は、最初は、ネットでアサクラとやり取りしてるって竹中が言ってたし」
わたしは興奮気味だった。
【検察側は冒頭陳述で、Z会対面教育の経理担当だった被告※(40)=同罪で起訴=が詐欺を計画し「インターネットを通じて知り合った人物を介して、竹中被告に犯行を持ち掛けた」などと指摘した】(産経新聞 2006年5月10日)※=筆者が氏名を削除
冒頭陳述で、なんと検察側がそう述べているのである。
わたしはそのあと竹中に電話をした。
竹中は基本的に早寝早起きで、編集仕事で夜中まで起きているわたしたちとは生活サイクルが違う。夜9時といえばすでに床についているか、すでに彼が晩酌を始め、酔っぱらっている時間帯だ。
「そうですよ。その人物つうのが、アサクラっすよ、それがアサクラなんすよ」
あたかも竹中はこの産経記事を読んでいるかのように断言した。しかしよく考えてみれば、竹中の言ったのは記事自体ではなく、竹中の裁判の冒頭陳述で「検察側がそのように言った」ことについてだった。
「だよね。これが君が言ってたアサクラだよね。名前は出てないけど」
この記事をわたしはずいぶん早い時期に目を通したはずだった。どの記事も似たり寄ったりなので、このセンテンスを読み飛ばしていたのである。
まず記事の主語は「検察側」である。そして経理担当者の吉永が詐欺を計画し、「インターネットを通じて知り合った人物」を介して、「竹中に犯行を持ち掛けた」と指摘した。そういうことである。
すなわち、それを陳述したのは検察側であるから、2006年5月10日の初公判時点ですでに検察は経理担当者と竹中の間に、「インターネットを通じて知り合った人物」という、怪しい人物が介在していたことを明確に認めているのだ。
それは間違いない。その人物は犯行を持ちかけた「仲介人」だと読むことができる。ではなぜその男を捕まえないのか。
記事に「インターネットを通じて知り合った人物を介して、竹中被告に犯行を持ち掛けた」とあっても、仲介しているその人物が、事件とどんな関係にあるのかまでは読者にはわからない。どう考えても、犯行を持ちかけたのであるから犯行内容を知らないはずがなく、ともすれば共犯者である。とても奇妙な記事である。
「インターネットを通じて知り合った人物」を警察が把握しているのかどうか。その人物とは、どこのだれでどんなふうに犯行を持ちかけたのか。記事を読む側にとって必要な情報は何も示されていないのだ。まともな読者ならばフラストレーションを感じてしまうに違いなかった。
何度読んでも、よくわからない記事というのがたまにある。自分の読解力が足らない場合もあるが、記事の出来が悪い場合もある。わざわざ新聞社に電話をかけるのも何なので理解するのを諦めると、そういうときに余計なフラストレーションを抱えてしまう。
これは検察の陳述内容をそのまま書いたのだろうと推測するも、書いた記者自身がどこまで知って書いたのかは聞いてみなければわからない。そんなことを考え始めると、つい仕事柄、「すみません、たいへん古い記事のことで恐縮なのですが、どうしてもお伺いしたいことがあるので記事を書いた方を捜していただけませんか」と新聞社に電話をかけてしまうのだった。
わたしは、その後、ほかの新聞社と同様に何度か産経新聞社に電話をかけた。さらに2020年1月10日になっても、まだ諦めきれずに、当時、この記事を書いた記者を捜してもらい話を聞きたいと電話をした。
「はあ、そういうことなんですね」
「はい、どうしたらいいでしょうか」
「じゃあ、まずメールを送ってください。担当者から返事があるかもしれません」
そこで指示どおりにメールも送ったのだが、なしのつぶてだった。いま起こっている事件ならば、まだ関心を持ってくれるだろうが、かなり古い記事を書いた記者を捜すのは、ちょっとした面倒な作業になるのかもしれなかった。
なぜ、当時、この事件にアサクラという男が関わっていたことなどが新聞や週刊誌に出ていないのかを社内で話していたときに、K女史がこんなことを口にした。
「7億5千万円の事件って、いまどきは、そんなに大きな事件じゃないからかな。昔だったら、ほら『三億円事件』とかでも、すごい騒がれたけど」
彼女の指摘はもっともなことだった。貨幣価値も変わっている。
かつてわたしたちは、380億円を中抜きしたグッドウィル事件について、小菅の東京拘置所に収監されていた経済マフィアと騒がれていた人物に面会に行き、東京拘置所内で書き下ろした手記を扱ったことがあった。
380億円というのはまあまあ大きい金額である。それをわずかな期間で中抜きしたという事件は相応に関心を持たれていた。彼女の言うように、たしかに巨額であればあるほど世間の関心は高いし報道機関としてもやりがいはあるだろう。そういった超巨額事件に比べるならば7億5千万円はかなり小さい。
ただ小さいけれど盗まれていい額でもなかろう。巨額には変わりない。もしニュースバリューがないのなら報道しなければいい。
しかし日本の主要メディアが一斉に報道しているのだから「インターネットを通じて知り合った人物」について、もう少し詳細を伝えてもいいではないかと、わたしはまだこだわっていた。
「でもこういう場合というのは関係者をしっかり取材しないものかな」
納得がいかないわたしは、今度は大手新聞のデスクをやっている知人に電話をして愚痴った。向こうの口調からは、この忙しいときにという気分が伝わってくる。
「いや、自分が知っている事件じゃないから、わからないけどね。事件って、ものすごい数があるわけだ。よほどの事件じゃないと、とことん取材するなんてできないよ。ほとんどは機械的に書いているから。書いたことに間違いがなければ問題にはならないわけだし」
わたしがあえてメディアの業界に勤務する友人や知人らに電話をしたのは意見が聞きたいからだけではなかった。
おそらくわたしは、記事の不明瞭さへの不満の持っていき場がなく、それをぶつけていたのである。しかしそんな疑問をぶつけられたほうは、いま取り組んでいるとても大事な原稿の締め切りに追われ続けていて、おそらくわたしの与太話の相手をする暇もないのだった。それは言葉の端々に表れていた。
竹中に初めて会ったのは2012年の8月終わりだったが、わたしは、2014年1月14日に、竹中を弁護した東京の新宿区5丁目にある上野勝弁護士の事務所を訪ねている。上野弁護士は1993年に東京高等検察庁公判部長を最後に退官した、いわゆるヤメ検だった。2001年春の叙勲で、勲三等旭日中綬章も授与されていた。いくつかの犯罪防止の本なども出版しながら、のんびりとやっている感じだった。
「彼は元気にやっているようですね」
事務椅子にゆったりと座った上野弁護士は窓から注ぎ込む陽の光を背にして微笑んだ。竹中についてはよく覚えており、竹中の同意を得ていると伝えるといくつかの資料を手渡してくれた。
ただこの日は深い話はできず、その後、彼は弁護士を辞めたようで連絡も取れなくなってしまった。東京第一弁護士会や出身高校の同窓会、弁護士ドットコムの記者にまで問い合わせたが連絡先も自宅もわからなかった。いまは昔と違い個人情報を守る観点から、強引な手法を使わなければ元弁護士の所在すらわからない。
この弁護士から預かった資料の中には、当時、竹中が留置所から弁護士に送った手紙があった。この手紙は長く弁護士が保管しており竹中が手を加えることは不可能である。それゆえに、わたしのなかでは一定の信頼のおけるものだった。
【「朝倉(加藤)は、現金9千万円と小切手3枚の行く先を知っている男ですが、小切手のうち、5億の小切手は何者かが降り出し銀行に返却していると聞いています/5億円の小切手が名古屋で呈示された事から、私の供述は概ね信用されており/刑事からそのうちの5億円が名古屋で呈示されたと言っている】
竹中が弁護士に書いた手紙に、「小切手」のことが書かれていた。アサクラのことは朝倉(加藤)と書いてある。これは、アサクラが、カトウという名前も使っていたからである。そういうことが、当初、捜査当局を混乱させたらしい痕跡があった。Z会に勤務していた吉永の供述では、「カトウ」となるが、イリーガルの関係者に話を聞けば、「教授」や「先生」と呼んでいる。実名はだれも知らない。アサクラという偽名をも知らない者もいる。
これを同一人物だと判断しようとしても、背格好や言動しかわからない。小柄で小太り、眼鏡、丁寧な口調。そんな人間はどこにでもいる。弁護士が走り書きしたメモにも、浅倉、朝倉、加藤、カトウ、教授、先生などいろいろな名前が出てくるが、弁護士とて、これらがすべて同一人物でアサクラのことだと気づくには時間がかかったかもしれない。そのようなことがわたしにも実感できた。
竹中が弁護士に送った手紙に、アサクラのことが書かれているのを知って、アサクラが実在する人物であることの証しでもあると思った。しかしよく考えてみれば、それは竹中が手紙に書いているだけであって、実在証明にはならないことに気づいた。
この竹中の手紙にある記述はわからないことだらけだった。
アサクラは小切手3枚の行方を知っている? どういうことか?
手紙には、竹中が思いついたようなことをいろいろと書いてあるので、まだ事件そのものをきちんと把握していないわたしには、わかりにくかった。
そこで竹中に会いに行って、わからないところを根掘り葉掘り聞いた。それをまとめるとようやく概要が見えてきた。
(1) 竹中らがZ会の関連会社の口座から横領したのは7億5千万円だった。
(2) それは一旦、運搬役の男の、信用金庫の口座に振り込まれた。
(3) 信用金庫の口座から1億円は現金で引き出され、犯人らで分配した。取り分は、運搬役の男が1000万(そのうち100万が出し子の女)、竹中が2800万円、アサクラが6200万円だった。
(4) 残りの6億5千万円は、1億円と5千万円と5億円という3枚の小切手として振り出された。
(5) 1億5千万円分の小切手は、Z会の吉永が受け取った。アサクラは5億円分の小切手と、6200万円の現金を持って逃亡した。
(6) 5億円分の小切手は名古屋で呈示された(と竹中は刑事から聞いた)。
(7) 何者かが小切手の5億円を返却(弁済?)している。
渋滞を起こしていたわたしの思考回路はずいぶんと快適に流れるようになった。
要するにZ会側の口座から引き出されたのはあくまで、現金の7億5千万円で、それを出し子の女が竹中らの用意した信用金庫の口座に振り込んでから、現金や小切手にしたということである。ならば不正に引き出されたのは現金なので、小切手のことは報道には出ていなかったのだ。出し子の女は、わずか100万円で犯罪に誘い込まれていたこともわかった。
竹中の話が本当ならば、アサクラが持って逃げた小切手の5億円は名古屋で呈示され、その後、すでにZ会に回収されている可能性もあった。
横領した事件の小切手なのだから、もし捜査当局がアサクラを追っていたのが事実だとすれば、小切手が呈示されたり、回収されたりした場面にアサクラはいなかったということだろうか。
7億5千万円の金が奪われたニュースが文字どおり日本中を駆け巡っていたわけで、そのうち5億円が回収されたのならば、新聞のベタ記事にでもなってよさそうなものであるが、いくら調べてもそういう情報は見つからなかった。(そのときはそう思っていた)
竹中の話によれば、当初、捜査員らは奪われた現金1億円のうちの9000万円は竹中がどこかに隠していると踏んでいたという。アサクラ、カトウという人物は、竹中の創作だと考えていたからである。
このことを聞いたときにわたしの頭に浮かんだのは「警察にとって犯人を捕まえることと同じぐらい、隠した金のありかを突き止めることが重要だ」という何かで読んだ話だった。
ちなみに、産経新聞2018年4月10日の記事にも、そういった話を裏付けるかのように捜査員が心情を吐露している。それを箇条書きにすると次のようになる。
・犯罪者側も、収益を返さず済むように必死に策を講じている
・犯人側に多額の利益が残る事態が問題
・犯罪やり得
特殊詐欺犯らは「たとえ逮捕されても、金さえ隠しておけば刑務所から出所したら天国だ」などと言い、金をうまく隠さない奴はバカと呼ばれると、元犯罪者から聞いたことがある。
竹中は裁判で、『アサクラが9000万円を持って逃げた。自分はたった100万円しかもらっていない』と証言したという。警察は、そんなことは信じない。どこかに9000万円を隠していると考えて竹中の口を割らせようと必死である。
わたしへの告白では、竹中は「アサクラが持って逃げた現金は6200万円、自分(竹中)が手にしたのは2800万円だった」と言う。つまり竹中は裁判で偽証したというのである。その理由は、警察に任意提出することになった1550万円を取り戻すためだったと言うが、時系列的には、それ以前より100万円しかもらっていないと供述しており、吉永とアサクラを主犯に仕立て、自分が従犯になるための偽証だったと考えられる。それを竹中に問いただすと、「法廷戦略だった」というから開いた口がふさがらない。
そのことを話していると、竹中はさらに不可解なことを言い出した。
「これは、オレが逮捕されていたときに刑事が言ったことなんすけど、消えた小切手は長野県の資産家の家で見つかったらしい。しかもその資産家というのは、すでに死んでいたんだと」
真顔で竹中が言うので「じゃあ、アサクラが殺したのかな。5億も金がからめば不思議はないな」とわたしは言った。だが、長野県にいる新聞記者にわざわざ調べてもらったものの、資産家が死亡した事件性のある記事には行き当たらなかった。こういう話ばかり持っていくので、知人らとて辟易しているかも知れなかった。
もはや都市伝説の臭いもしてくる。裁判でも偽証したという竹中の話をどこまで信じうるのか。いったい何が事実なのか。わたしの疑問は尽きなかった。
7に続きます
7 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」
アサクラは指名手配されたか
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン
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