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3 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 第一章「悪党」 網走刑務所から出てきた男

第一章 悪党

網走刑務所から出てきた男

「アフラトキシンB1というカビ毒なんすけどね。これを、こっそり人体に使ってやる。するとどうなると思いますか。じわじわと肝硬変や肝臓がんで死ぬんすよ。うふふふふふ」

  人類史上最高の発がん物質だと言われたアフラトキシンが、もし犯罪やテロに使われたとしたらどうなるのだろうか。そんな身の毛もよだつ話が飛び込んできたのは、2012年の夏も終わりに近づいた8月27日のことだった。

「アフラトキシンを使えば足がつかない。そう。解剖してもねえ。肝がんとか肝硬変とかね。ただ肝臓が悪くなって死んだということになるんすよ」

 西村本気という20代前半の男性編集スタッフとともに、わたし(筆者)は落ち着きのない話し方をする男の話に耳を傾けていた。

 東京都北区の赤羽にあるファミリーレストランのジョナサン赤羽西店で、ガタイがよくの悪い、その男の話は続いた。
 薄笑いを見せながら半ば自慢げな、男の細い目の奥で落ち着きのない眼球がせわしく動いていた。
 男とはその日が初対面だった。

 2012年8月19日、わたしの勤務する編集オフィスに、悪の化身であるという主人公がバイオ犯罪を目論むような、おぞましい逸話とともに、事件簿、犯行記録のようなものが送りつけられてきた。自己陶酔的な文がいたるところに挿入されており、それが話の流れを把握するのをひどく困難にしていた。犯罪者の手記などは事件を解明する上での重要な資料になることがあるが、書かれている話はリアリティがあるようでどこか浮いている。そのまま世に出せるものでもない。

「何か、怖いですね」
 グラフィックデザインを担当している30代半ばの女性 Kは、こんなものを持ち込むなよと言いたげな顔をした。わたしたちのような少人数での編集現場では、ほとんどの業務を社内で共有するために、彼女も否応無しに多くの手紙や原稿にも目を通す。

 編集オフィスには、日々、さまざまな人からのアプローチがある。告発しようとする人、えん罪や処遇の悪さを訴える受刑者、ただただ恨み辛みを書き殴る人。電波系や妄想系の人にいたっては、何かを信じ何かを勘違いして長い間訴えてくる。

 プロフィールを見ると送り主は網走刑務所を出所したばかりとある。毒物ビジネスや、それらを使った襲撃の様子などは、内容からして実話であるとは思えないものの、米国ならばFBIが放っておかないだろうというしろものである。

 ただこの男は不思議だった。妙に楽しみながら話している雰囲気があった。言い換えればそこが不気味でもある。

「探偵をやってたんすよ。でも探偵と言っても仕事の大半は復讐代行業ですよ。復讐ね。たとえば自分をだました男に復讐してほしいとか。商売敵をとっちめてほしいとか。そういう依頼を専門に受けていたんすよ。こういう依頼人つうのはみんな、てめえの手を汚したくないから大金を払ってでも自分らに頼んでくるんです。だから本当に悪いのは依頼人なんですよ。まあ金になるから、とことんやりましたけどね。金のためならね」

 非合法探偵社イリーガルの代表をやっていた、手下の者やヤクザを巧みに操って悪事を繰り返してきた、Z会という通信教育大手の関連会社から7億5千万円を奪ったことで逮捕された、4年の刑期を終え網走刑務所を出て来たばかりである。そういったことを、さも誇らしげにしゃべり続けた。
 送りつけられてきた郵送物から、この男があまりにやっかいそうだということで、こちらも身構えていた。

「何か妙な行動を起こしたら何でも武器にしろ。テーブルの上のカップや何かを投げつけて戦うなり逃げるなりしろよ」
 同行した西村もまた気を張っていた。西村は10代のころからわたしたちのオフィスに住みついた男で、好奇心は人一倍旺盛だったから、この日も自らついてきた。

 男は竹中誠司(仮名)と名乗った。1971年生まれで本籍と住所はさいたま市にあるという。A4用紙一枚にプロフィールもまとめてあった。

 態度は大きく人相も悪いが、意外と腰は低かった。それがわたしたちに幾分の安心感を与えた。

 わたしは、そわそわして落ち着きのないこの男の顔を見ながら、スマホを取り出して、聞いたばかりの事件のキーワードを入力して検索した。すると「学習塾『Z会』の預金7億5千万引き出す……探偵社の男ら逮捕」などという新聞記事やニュース映像がいくつも引っかかった。

 男が告げた名前はどうやら本名らしかった。しかも大金を奪ってメディアで大騒ぎされた事件の首謀者であり、現代版の「必殺仕置人」を気負ってか、「復讐を代行する」とネット上でさんざん触れ回っていた。
 そんな男が目を細めながら、目の前にいて、「自分はアフラトキシンという毒物で商売してきた」というのだ。とすると事前に送りつけてきた犯行履歴のようなものは実話なのだろうか。

 相手を拉致してボコボコにする。頭から小便をかける。ボーガンで女性を狙撃する。子供を連れ去る。あげくのはては依頼を受けて、勝手に家屋に侵入し、研究室で培養したという猛毒を、飲料に混入し家の中に散布する。それらは実体験だったのか。

次の4に続きます。
 
4 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」
氏名不詳の男は、マッドサイエンティストかhttps://note.com/safe_eel5766/n/n30c61a864e0f


・以下は、この原稿に関する参考記事
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 この話は、東京都内の編プロに勤務する著者が、網走刑務所に5年3か月間収監され、出所したばかりの、地下組織、イリーガル探偵会社の元首領に出会うところから始まる。

 男の示す「事件簿」には、巨額詐欺事件、恐喝、暴行、誘拐、レイプ、毒物混入、バイオ犯罪など、おぞましい極悪非道の数々が記されていた。
 犯罪の依頼者として、会社員、ソープ嬢、ホスト、会社社長、自称元政治家秘書、宗教団体などから、大手航空会社の社員、医師、マスコミの支局長などまでの名や職業がずらりと並ぶ。

 復讐代行業というのは本当にあるのか?

 日本航空の客室乗務員や、フジテレビのロサンゼルス支局長などが、こんな怪しい組織に非合法な復讐を依頼したのか?

 通信教育の大手「Z会」から7億5千万円を騙し取った事件で、捜査当局は「主犯」を取り逃したというのは本当か?

 アサクラというマッドサイエンティストは実在したのか?

 アフラトキシンなどのカビ毒を製造し使用したというのは事実なのか?

 過去の事件における「時間の壁」と「隠された証拠」に苦悩しながら、著者が、事件の中心人物に会い、イリーガル探偵社の事件簿の輪郭を描くノンフィクション。
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン

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