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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章 奇病・ターキーXとアフラトキシン

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 この話は、東京都内の編プロに勤務する著者が、網走刑務所に5年3か月間収監され、出所したばかりの、地下組織、イリーガル探偵会社の元首領に出会うところから始まる。

 男の示す「事件簿」には、巨額詐欺事件、恐喝、暴行、誘拐、レイプ、毒物混入、バイオ犯罪など、おぞましい極悪非道の数々が記されていた。
 犯罪の依頼者として、会社員、ソープ嬢、ホスト、会社社長、自称元政治家秘書、宗教団体などから、大手航空会社の社員、医師、マスコミの支局長などまでの名や職業がずらりと並ぶ。

 復讐代行業というのは本当にあるのか?

 日本航空の客室乗務員や、フジテレビのロサンゼルス支局長などが、こんな怪しい組織に非合法な復讐を依頼したのか?

 通信教育の大手「Z会」から7億5千万円を騙し取った事件で、捜査当局は「主犯」を取り逃したというのは本当か?

 アサクラというマッドサイエンティストは実在したのか?

 アフラトキシンなどのカビ毒を製造し使用したというのは事実なのか?

 過去の事件における「時間の壁」と「隠された証拠」に苦悩しながら、著者が、事件の中心人物に会い、イリーガル探偵社の事件簿の輪郭を描くノンフィクション。
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章


奇病・ターキーXとアフラトキシン


 およそ70年前、イングランド東部のベッドフォードシャー州にある幾多の農場で、これまでには人々が体験したことのない異変が起こっていた。飼育していた七面鳥(ターキー)があちこちの農場で次々と死んだのである。

 原因は何もわからないままだった。さらに1958年と1959年の春と夏の間にも同じような状況が起き、1960年の5月を迎えたころ、イングランドの南部と東部地域の多くの農場で、また大量の七面鳥の雛が死んだ。もしわたしたちがいま、こんな話を耳にしたときには、まずは鳥インフルエンザや豚コレラのようなウイルスによる伝染病を疑うことだろう。しかし当時、この七面鳥の大量死に伝染性は確認されず、死んだ七面鳥にはみな肝臓疾患が認められた。
 
 C.C. WANNOPという研究者は、1961年にこの件を詳しくレポートした論文中に、「七面鳥の未知なる疾患」の意味を込めてこう記した。turkey X disease(ターキー X デジーズ)

 この「X」は、Xデーなどというときに使う「未知なるもの」を指す仮称である。たとえばヴィルヘルム・レントゲンが発見した「X線」も同じ。当時は未知なるものだったがゆえに、X-rayと呼ばれ、それがやがて名前として定着した。

 この七面鳥の病気は、しばらくターキーXと呼ばれた。実際にターキーXは凄まじい勢いで七面鳥を殺したようである。各農場で発生した七面鳥の大量死は500件におよび10万羽以上の七面鳥が死んだとも推察された。

 その後の分析で七面鳥を大量死させたものの正体が次第に明らかになっていった。

 まず、七面鳥が食べていたエサのラッカセイ粕に、アスペルギルス・フラバス Aspergillus flavus というカビ菌が繁殖していたことが分かった。そしてカビに汚染されたエサで飼育された七面鳥たちが、ことごとく急性肝炎などで死んだのは、このカビ菌が生成した猛毒によるものと判明した。

 もっとも奇病の発生当時には、まだこのカビ毒に名前はなかった。アフラトキシンという名称はのちに発案されたもので、アスペルギルス・フラバス菌を略して「アフラ」、毒の意味を持つ「トキシン」を加えてアフラトキシンとした。いわば合成名である。

 よりやっかいなことに、このカビ、フラバス菌は真菌の一種で、カビそのものにも病原性がある。乾燥して飛散したものを吸い込めば肺がやられる。つまり、「カビの持つ病気」と「カビのつくる毒」とが共に脅威になるというしろものだ。

 アフラトキシンによる被害はイングランドの七面鳥だけで終わることはなかった。アフラトキシンを大量に食べた動物たち(鳥類、魚類、哺乳類)は、急性肝壊死などの肝障害、肝硬変または肝がんなどに見舞われ、黄疸や急性腹水症、高血圧や昏睡という症状に陥るという。

 このアフラトキシンはヒトにも有害だった。1974年にはインドで高濃度のアフラトキシンに汚染された穀物を食べた人たちが、黄疸、腹水、消化管出血をともなう急性の肝障害に陥り106人が命を落としたと報告された。インドでは、タバコやビンロウの葉を噛む習慣がある地域で口腔がんが多発しており、それもアフラトキシンとの関連が疑われた。さらに2004年にはケニアの東部でもトウモロコシを食べた人が125人も死んだ。このときの患者致死率は39%とも言われた。

 人ではないが、アメリカでは2005年にアフラトキシンに汚染されたペットフードを食べた犬が23匹も死んだとの報告もある。やがてアフラトキシンは、保存状態の悪い高温多湿な環境下におかれたトウモロコシや落花生、アーモンド、ナッツ、乾燥フルーツ、シリアル、香辛料、そば粉、米などからも発見された。

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